ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(9)

言葉によるセクハラの事例

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した判例は、L館事件(最一小判平成27・2・26労判1109頁5頁)です。

【テーマ】言葉だけでも「セクハラ」です!!

【1.概要】

今回は,「言葉のセクハラ(セクシャルハラスメント)」事件として報道され注目を集めた最高裁の判決について紹介します。

【2.事案の流れ】

水族館を経営するY社の営業部で,サービス部門責任者のX1,X1の部下(課長代理)のX2から,女性社員A,Bに対し3の発言がなされました。Aは派遣社員としてC社からY社に派遣されており,BはC社の社員としてC社がY社から請け負った業務にY社の事務室内で従事していました。 A,Bからセクハラの申告を受け,調査を行った結果,Y社はX1,X2を①それぞれ30日間,10日間の出勤停止の懲戒処分とするとともに,②資格等級(基本給に直結する格付け)の降格および役職の降格(両名とも係長に降格)を行いました(①②によって両名の賃金は概算で以下のように減額となりました。X1…①:65万円,②:月額9万円,X2…①:33万円,②:月額6万円)。 X1,X2は①②が無効であるなどと主張して訴訟を提起し,地裁では敗訴しますが(大阪地判平成25・9・6労判1099号53頁),高裁では逆転で勝訴し,懲戒処分は無効であるとされました(大阪高判平成26・3・28労判1099号33頁)。Y社が上告したのが本件です。

【3.セクハラ発言】

X1,X2は,約1年の間に,主にAに対し,次のような発言をしたと認定されています。 X1:X1自身の不貞相手と称する女性に関する話(年齢や職業の話をしたり,写真を見せたりした),自身の性欲に関する話(「夫婦間はもう何年もセックスレスやねん」「でも俺の性欲は年々増すねん」),水族館の客に関する話(「今日のお母さんよかったわ…」「好みの人がいたなあ」)
X2:「結婚もせんでこんな所で何してんの」「夜の仕事とかせえへんのか。時給いいで」「(A,Bに対し,男性社員の名前を挙げて)この中で誰か1人と絶対結婚しなあかんとしたら,誰を選ぶ」「(セクハラ研修を受けた後に)あんなん言ってたら女の子としゃべられへんよなあ」

【4.裁判所の判断】

最高裁は,懲戒処分や降格は有効であるとして,高裁判決を破棄しました(再度の逆転でY社勝訴となりました)。X1,X2の発言の内容は,女性社員に対し強い不快感や嫌悪感ないし屈辱感を与えるきわめて不適切なもので,執務環境を著しく害するものであること(ア),部下を指導すべき立場であった両名の職責や立場に照らしても著しく不適切であると判断されました。また,X1,X2に対しA,Bは明白な拒否の姿勢を示していなかったのですが,被害者は職場の人間関係の悪化等を懸念して加害者に対する抗議や抵抗,会社に対する申告等を躊躇することが少なくない(イ)として,Aらの態度をX1らに有利な事情として考慮することはできないとしました。

【5.本判決から学ぶべきこと】

いまだに,身体を触らなければセクハラではない,という考えが残っているとしたら,すぐに改めましょう!!
セクハラ行為が違法とされるポイントは,4の(ア)にもあるように,被害者の働く環境を害する点にあります。身体的接触であろうが発言であろうが,違いはありません。
また,4の(イ)もぜひ確認しておきましょう。実は高裁判決では,拒否がなかったことをX1らに有利な事情と判断したのですが,最高裁は(イ)に基づきその判断を明確に否定しました。セクハラ被害者の態度に関する基本的な考え方として,社内調査の際などにも留意する必要があります。
最後に,本連載では「労働判例」等に沿って施設名を匿名としましたが,報道では実名が明らかにされており,消えない事実としていつまでも残ることとなります。本判決は,判断内容はオーソドックスなものですが,最高裁の判断という点ではやはり重みが違います。本判決をきっかけに,セクハラ防止の重要性について今一度考えてみてはいかがでしょうか。

(2015年7月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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