ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(15)

悪質なパワハラは慰謝料も高額に!

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、C社ほか事件(東京地判平成28・12・20労判1156号28頁)です。

【テーマ】パワハラ(パワーハラスメント)が悪質であれば,それだけ慰謝料も高額になります!!

1.概要

今回は,暴行や金銭強要といった悪質ないじめ・パワハラが続いた結果,高額の慰謝料の支払いが命じられた事例を紹介します。

2.事案の流れ

Y1社は,全国展開のコンビニチェーンとフランチャイズ契約を結び,コンビニ3店舗を経営しており,Y2はその代表取締役,Y3はコンビニ1店舗の店長でした。Xは,平成22年9月から23年12月まで,Y1社の経営するコンビニで店員として勤務しますが,Y2,Y3から暴行やサービス残業の強要,金銭の強要などのいじめ・パワハラを日常的に受けたと主張して,Y1社,Y2,Y3に対し慰謝料など約3,200万円の損害賠償を求めました。

3.ハラスメント行為

Y2,Y3によるいじめ・パワハラ行為は,大きく(1)暴力的なもの,(2)精神的・経済的なものに分けられます。(1)として,飲み会等における行為(鼻に火の付いたタバコを押し付ける,カラオケのマイクや灰皿,スプーン等で殴打する,焼き鳥の串で手の甲を刺す,背中に噛み付く等),店舗における行為(竹の棒や木の棒で殴打する,エアガンで撃つ,退職の際に頭部や腹部を蹴る等),そして,日常的な殴る蹴るの暴力行為があったことが裁判所によって認定されています。同じく,(2)として,店舗の金がなくなったとして穴埋めに60万円を支払わせる,殴られることを承諾する旨の誓約書を作成させる,飲み会の度に代金を支払わせる(総額で200万円を超える),商品の売れ残りを買い取らせる,すべて平仮名で記載した作業指示書を作成し侮辱する,無給のサービス残業を強要する,仕事の不備を理由に罰金と称して200万円の借用書を作成させ,その一部(20万円)を支払わせる等の行為,そして,就業中の全期間にわたっていじめ・パワハラがあったことが認定されています。

4.裁判所の判断

まず,いじめ・パワハラの事実があったか否かの判断において,Y2がいじめ・パワハラの存在を否認した部分については,Y2の記憶が明確でなかったり,混乱したりしているか,客観的な証拠から認められること以外はあえて否認しているものと推認でき,Y2の反論にはさしたる裏付けがあるわけでもないと述べ,Xの主張する事実があったものと認めるのが相当であるとしました(なお,Y3はXの主張について争う姿勢を見せなかったため,Xの主張を認めたとみなされました〔民事訴訟法159条〕)。
次に,Y2,Y3の責任について,Xには手順が悪かったり仕事が遅かったりしたことがよくあったと認められるものの,Y2らの行為は適正な業務上の注意,指導の範疇を超え,暴力を伴うなどXに過度の心理的負荷を与えるものとして,いじめ・パワハラに当たり,不法行為(民法709条)を構成するとして,Y2,Y3の不法行為責任,Y1社の使用者責任(民法715条)を認めました。
損害賠償の金額としては,ケガの治療費や強要された飲食代金など具体的に算定できる損害や,各行為に対応する慰謝料(計170万円)に加え,本件諸事情を総合考慮した慰謝料として400万円が相当であると認め,合計で約900万円を連帯して支払うことをY1社,Y2,Y3に命じました。

5.本判決から学ぶべきこと

慰謝料という言葉自体はよく知られていますが,実は,訴訟でそれほど高い金額が認められるとは限らず,数万円から数十万円程度という例も少なくありません。本判決は慰謝料だけで合計600万円近くの支払いを命じた点が珍しく,特徴的です。それだけ,いじめ・パワハラ行為の悪質さが際立っており,裁判所もその悪質性をきちんと考慮したということですね。また,行為ごとの具体的な損害額が確定できない場合は,慰謝料でまとめて考慮するとした点も,この結論につながったといえます。代表取締役が加害行為を行っている本件はいわば論外ですが,悪質なパワハラを見過ごすと,想像以上に高額の賠償責任を会社が負う場合もあることに留意すべきでしょう。
細かい点では,パワハラ等の事実を否定するY2の反論を裁判所が一蹴した点も注目されます。Xの主張が詳細であるのに対し,Y2の主張があいまいでおよそ説得力を欠いていたということでしょう。事実の立証については,本連載でも指摘しているように(例えば〔第10回ハラスメント対応では証拠の有無にも注意を!〕等),訴訟のポイントの1つとなりますので,あらためて意識しておくといいですね。 パワハラへの関心が高まっているにもかかわらず,このような悪質な事例がなくならないということが,問題の難しさを示しているように思います。パワハラは許されないというメッセージを粘り強く発信し続けることが重要ですね。

(2017年7月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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