ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(16)

解雇理由が妊娠ではないとされた事例

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、N社事件(東京高判平成28・11・24労判1158号140頁)です。

【テーマ】解雇の理由が何か、それが肝心です。

1.概要

今回は、妊娠中の女性労働者に対する解雇が、妊娠を理由としたものではなく有効であるとされた事例を紹介します。

2.事案の流れ

Y社は、鞄の製造・販売を営む正社員・パート職員各12名ほどの会社であり、Xは同社の正社員でした。Xは、同僚らに対してしばしば怒鳴ったり、きつい言葉遣いや態度を取ったり、叱責するなどしていたため、特にパート職員らは強い不満やストレスを感じており、それが原因で退職する職員も出ていました。Y社の代表者Aは、再三、Xに対して言葉遣いや態度を改めるように注意し、改めない場合は会社を辞めるしかないなどと指導、警告しますが、Xが態度を改めることはありませんでした。平成26年6月、AはXの妊娠を知りますが、翌月にXと行った話し合いでも反省が見られなかったため、Xに改善を期待するのは無理であり、Xを雇用し続ければますます職場の雰囲気を悪化させ、他の職員らが退職する恐れもあるなどと判断し、同年9月末にXを解雇しました。
これに対し、Xは下記3のように解雇の無効を主張し、Y社に対し労働契約上の地位確認、解雇後の未払い賃金等の支払いを求め訴訟を提起しました。地裁では、Xによる叱責やきつい言動など、解雇理由としてY社が主張した上記の事実が存在するとは認められなかったため、解雇は解雇権濫用で無効であるとしてXが勝訴しました(東京地判平成28・3・22労判1145号130頁)。しかし高裁では、上記の事実の存在が認められるとして、下記4のように逆転でY社が勝訴しました。

3.ハラスメントであると主張された内容

Xは、解雇は妊娠を理由とするものであって、男女雇用機会均等法(均等法)9条3項に反し、同条4項により無効であると主張しました。マタニティ・ハラスメント(マタハラ)という表現は使われていませんが、妊娠を理由とした不利益取扱いにあたるという主張であり、マタハラに関する事案と整理できます(本連載の〔第8回マタハラの判断ポイントはどこにあるか〕も参照)。

4.裁判所の判断

Xの上記2のような態度等は、職場環境を著しく悪化させ、業務にも支障を及ぼすものであり、就業規則の解雇事由「協調性がなく、注意及び指導をしても改善の見込みがない」「社員としての適格性がない」に該当すること、Aが注意、指導を繰り返し行ったにもかかわらずXに改善が見られなかったこと、小規模なY社では配置換え等の対応も困難であったことなどから、解雇権の濫用はなく解雇は有効であると判断しました。そして、解雇の理由は上記解雇事由に該当したことであって、妊娠が理由でないことは明らかであるとして、均等法9条により無効となるものではないとして、 Xの請求をすべて棄却しました。

5.本判決から学ぶべきこと

均等法は、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いを禁止するとともに(9条3項)、妊娠中および出産後1年を経過しない女性労働者に対する解雇を制限し、原則無効としています(9条4項)。ただし、解雇理由が妊娠等でないことを使用者が証明した場合は、例外的にこの解雇制限が適用されないことになっており(9条4項ただし書)、本判決はこの例外に当たるとされた事例です。
さらに、上記のいわば特別の解雇制限が適用されなくとも、一般的な解雇制限である解雇権濫用法理(労契法16条)は適用されますが、Xの言動のひどさや、改善が見られなかったことなどから、解雇権の濫用も否定される結論となりました。
もちろん、妊娠をきっかけや理由とする解雇その他の不利益取扱いが禁止されていることを再度確認し、違法な対応を行わないようにすることが、企業にとって基本的かつとても重要なことです。しかし、妊娠と解雇がまったく関係ないというのであれば、妊娠を理由に解雇を免れることができないこともまた当然です。他の社員との公平の観点からも、企業としては留意しておくべきでしょう。
なお、地裁と高裁の結論がまったく逆になったのは、法的判断の違いではなく、事実認定の違いが理由です。高裁が認めた事実によれば、Xのパート職員らに対する言動は、客観的には正社員から非正社員に対するパワハラに該当しうるほどのひどいものでした。他方、地裁では、そのような言動の存在そのものが否定されています。本連載でも繰り返し指摘しているように(例えば〔第14回マタハラ(マタニティ・ハラスメント)の典型例〕等)、事実認定が難しい作業であり、それだけに事実に関する主張立証が重要であるということも確認しておきましょう。

(2017年11月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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