ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(17)

相手の弱い立場を利用したハラスメント

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、自衛隊自衛官(セクハラ)事件(東京高判平成29・4・12労判1162号9頁)です。

【テーマ】相手の立場につけ込んだ悪質なセクハラ-相談窓口など「環境」の整備もあきらめずに!

1.概要

今回は,加害者が組織内における自らの地位を振りかざし,非正規かつシングルマザーという弱い立場にあった被害者に対し悪質なセクハラ行為に及んだ事例を紹介します。

2.事案の流れ

X(昭和52年生)は,平成22年4月,同年9月末までの任期で自衛隊A基地の非常勤隊員として採用され,事務の仕事を行っていました。Xは夫と離婚してシングルマザーとなったため,幼い娘との生活を自らの収入だけで支える必要がありました。
Y(昭和37年生・既婚者)は,Xと比べれば階級はかなり高く,A基地でXとは別の部署に所属していました。Xが平成22年9月に再度非常勤隊員(任期は平成23年3月末まで)の採用試験を受けた前後,YはXに対し下記3のセクハラ行為①~③を行います。Xの合格後,Yは(Xの人事に対しては直接的な権限がないにもかかわらず)人事に関し自己の影響力を誇示するような発言を行うようになります。Xは,当時は相談窓口等の存在を知らず,また,以前別の上司からセクハラを受けた際に対応してもらえなかったため,セクハラを申告しても無駄だと思っており,何より,断れば自分に人事上の不利益があると思っていたため,Yから繰り返し性的関係を強要されるようになります(下記3の④)。
XはA基地所属の自衛官Bと交際を始め,その事実を伝えてYとの性的関係を解消しようとしますが,Yは応じません。Xの精神状態は悪化し続け,平成23年3月末に退職し,生活保護の認定を受けるに至ります。退職後も,Bに人事上の不利益が及ぶと思い込んだXは,Yとの性的関係を絶つことができませんでした。
その後,YのことをBに打ち明けたXは,警察に相談するとともに,自衛隊内の相談窓口に申告し,Yに対し慰謝料など1,100万円の損害賠償を求め訴訟を提起します。地裁は,セクハラ行為①③④については,証拠がなく,そのような事実自体が存在しないとして,セクハラ行為②の存在のみを認め,慰謝料30万円の支払いをYに命じました(静岡地判平成28・6・1労判1162号21頁。なお,地裁判決後,YはXとの関係を理由に減給1か月の懲戒処分を受け,平成28年に定年退職しました)。高裁では,①~④の存在がすべて認められ,下記4のように慰謝料等の金額が大幅に引き上げられました。

3.ハラスメントであると主張された内容

①「人事上のことで状況を聞きたい」と言って夜間に呼び出し,抱きしめるなどの接触を試みたこと,②採用試験の合格発表前に,無人島に連れて行き,抱きしめてキスをしたこと,③同じく発表前に,「非常勤採用試験の合格者選考をしている最中だ」と言って映画に誘い,その後ホテルで性的関係を強要したこと,そして,④人事への影響力をちらつかせながら,Xの自宅やホテルで繰り返し性的関係を強要し続けたことが,ハラスメントであると主張されました。

4.裁判所の判断

上記3の①~④,すなわち,Yが上官としての地位を利用し,人事への影響力をちらつかせ,母子家庭で雇用や収入の確保に敏感になっているXの弱みにつけ込んで性的関係を強要し続けたことが不法行為(民法709条)に当たると判断しました。さらに,Xの精神状態を病的に悪化させ,それにもかかわらず欲望処理のための性的関係を求め続けた点などは悪質であり,XがYから繰り返し受けた不快な言動を原因とするPTSD症状に苦しめられているなど被害も非常に深刻であるとして,慰謝料等880万円の支払いをYに命じました。

5.本判決から学ぶべきこと

「環境」がとても重要であることを学ぶべきでしょう。まず,いまさら言うまでもないことですが,男性が多い(いわゆる男社会である),上下関係が強い,といった環境があったとしても,セクハラが正当化されることは一切ありません。企業としては,相談できる環境(窓口)があるのだから利用してほしい,と思うかもしれませんが,社員が自社を「セクハラに甘い環境だ」と思っていると,被害があっても申告されにくくなります。また,特に非正社員の場合など,そもそも窓口を知らないこともあるでしょう。
このように,環境を整えたつもりでいても,十分に機能しない場合があるので,セクハラに関する周知啓発,研修などを粘り強く続けていくことがぜひとも必要なのです(均等法11条のセクハラ防止措置義務も参照)。もちろん,言うほど簡単なことではありませんが,セクハラをしない・させないという環境の確立を目指し続けましょう。

(2018年3月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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