ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(22)

出産に伴う雇用形態の転換→強制は許されません

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、水産物卸売会社F社事件(東京地判平成30・7・5労判1200号48頁)です。

【テーマ】出産に伴う雇用形態の転換も,それが強制なら許されません。

1.概要

今回は,妊娠・出産に伴い,無期雇用から有期雇用のパート社員へ雇用形態の転換を強制したことが違法無効であるとされた事例を紹介します。

2.事案の流れ

X(女性)はY社の無期雇用の従業員として,「事務統括」という職務に就いていました。
Xが第1子を妊娠・出産後,産休等からY1社に復帰する際,Y1社の取締役Y2らとの面談で時短勤務を希望したところ,Y2は勤務時間を短縮するためにはパート社員になるしかないと説明し,Xは,釈然としないながらも,出産で同僚らに迷惑を掛けているという気兼ねもあり,また出産直後で別の就職先を探すのも困難であることから,有期雇用であるパート契約書に署名押印しました。
その後,第2子を妊娠したXに対し,当初Y1社は産休等を認めないという態度を取りますが,Xが労働局(雇用均等室)に相談し,労働局が動いたことからY2がXに謝罪するといったこともありました。Xは第2子の産休・育休を取得し,復帰しますが,その後,Y1社がパート契約の更新を拒否したことから,Y1社に対し労働契約上の地位確認請求を行うとともに,有期雇用(パート契約)への転換の強制や更新拒否等が不法行為(民法709条)に当たるなどとして損害賠償を請求しました(他にも細かい請求がなされていますが,今回はこの2点に絞って紹介します)。

3.ハラスメント行為

Xが第1子を妊娠・出産後,Y1社に復帰する際,それまでの無期雇用から,有期雇用のパート契約への変更を強制されたことについて,直接的にはハラスメント(マタニティ・ハラスメント)という言葉は使われなかったものの,法的に無効であるとの主張がなされ,裁判所もそれを認めました。

4.裁判所の判断

育児介護休業法(育介法)は,23条で,3歳未満の子を養育する労働者に短時間勤務の措置を講じなければならないと定めた上で,23条の2で,その申出をしたことなどを理由とする不利益取扱いを禁止しています。
裁判所は,まず,一般論として,育介法23条の2に反する解雇などの措置が「違法」「無効」となることを前提に,企業と従業員の「合意」に基づく措置であれば違法無効とはならないこと,ただし,その合意があったといえるかどうかは「慎重に」判断しなければならないと述べました。具体的には,労働者が「自由な意思」で合意している必要があるとしました(例えば,労働者が強制的に契約書にサインさせられたのであれば,自由な意思に基づく合意があったとは言えないわけです)。
そして,上記2の経緯からするとXが自由な意思で合意したとは言えないので,パート契約の締結は無効,したがって,無期雇用としての地位が続いており,更新拒否は実質的に「解雇」に当たるとした上で,解雇には理由がなく解雇権濫用で無効である(労働契約法16条)と判断しました。結論として,XのY1社の従業員としての地位を認め,未払いの賃金や手当の支払いをY1社に命じるとともに,雇用契約の転換の強制や解雇についての慰謝料50万円等を連帯して支払うことをY1社とY2に命じました。

5.本判決から学ぶべきこと

妊娠・出産や育児休業からの復帰の際,仕事の負担を軽減する目的で,一時的に正社員からパート社員扱いに変更する例が見られます。本判決によれば,こうした変更がおよそ認められないということではありません。しかし,本判決は同時に,「強要」と取られることのないように注意することの重要性も示しています。本判決は「マタハラ」という言葉こそ使っていないものの,実質的には企業によるマタハラとなってしまうわけですね。
そこで,企業は,パート社員となることで賃金その他の待遇にどのような不利益が生じるのか,しっかりと説明することが重要です。そうした面談を十分に行った上で(もちろん面談の記録も忘れずに),従業員に納得してもらった上で契約形態を変更すれば,トラブルを防げるのではないでしょうか。
なお,本件では,パートタイム勤務にするだけでなく,労働契約を無期から有期に変更しています。本来は勤務時間がフルタイムからパートタイムになれば十分でしょうから,もし「規程上,パート勤務をするには有期雇用に変更せざるを得ない(無期雇用はフルタイム勤務と決まっている)」というのであれば,そうした規程や制度を一度見直してみてもよいかもしれませんね。

(2019年11月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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