ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(23)

部下をカスハラから守らないこと=パワハラです

難解な裁判例もわかりやすく解説!成蹊大学法学部教授 原 昌登 先生による「職場におけるハラスメント」に関する裁判例の解説です。
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁

これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new

今回の記事で参照した裁判例は、C県・D市事件(市立小学校教諭)事件(甲府地判平成30・11・13労判1202号95頁)です。

【テーマ】カスハラを受けた部下を守らないこと,それもパワハラです。

1.概要

今回は,小学校の教諭が児童の保護者からカスハラともいえる理不尽な言動を受けたことに対し,校長が適切な対応をしなかったことがパワハラとされた事例を紹介します。

2.事案の流れ

市立小学校の教諭であるXは,休日に行われた地域の防災訓練に向かう途中,参加の呼びかけなどの目的で担任している児童宅に立ち寄ったところ,児童宅の飼い犬に咬まれて2週間の治療を要するケガをしました。
児童の父母との補償に関するやり取りにおいて,Xは治療費を辞退したのですが,Xの妻がなお補償を求めるような態度を示していたなどとして,児童の父及び祖父が小学校を訪れ,「地域の人に教師が損害賠償を求めるとは何事か」などと非難し,Xに謝罪を求めます。結局,Xは,同席した小学校長のAに求められるまま,床に膝をついて謝罪しました。
Xはこの謝罪の翌日から出勤できなくなり,B病院でうつ病(自宅療養が必要)と診断されます。するとAは,B病院に電話したり直接訪問したりして,Xの症状を聞き出そうとしました(当然,B病院は守秘義務を理由に説明を断りました)。また,うつ病についてXが公務災害(民間企業でいう労働災害〔労災〕)の認定を受ける手続を行おうとしたところ,Aはその手続に必要な書類(災害状況報告書)を作成しませんでした。結果的に公務災害の手続きはその書類なしで行えたのですが,Aは,Xと児童の父の間で治療費等を放棄する示談が成立したなどとする報告書を,示談が成立したか明確ではなく,もちろんXの了解もないにもかかわらず,公務災害の担当機関に提出するなどしました。
その後,Xは傷病休暇や休職を経て,次の年度から他の小学校に異動しました(なお,Xが犬に咬まれたことやうつ病になったことは,公務災害であると認められました)。
Xは,上記の一連のAの行為,そして,犬に咬まれる以前になされたAの様々な言動がパワハラであり,うつ病で休業を余儀なくされ,精神的苦痛を受けたなどとして,国家賠償法1条1項及び同法3条1項のルールに基づき,小学校を設置するD市と教員の給与を負担するC県に対して約500万円の損害賠償を請求しました。

3.ハラスメント行為

上記2のAの行為,すなわち,①Xに謝罪を強制したこと,②B病院にXの症状を聞こうとしたこと,③災害状況報告書を作成しなかったこと,④示談が成立したとする報告書を提出したこと,以上4点がパワハラと認められました。他方,犬に咬まれる事故以前のAの言動については(詳細は省略します),Xに精神的負荷を与えたものが含まれるものの,パワハラとは認められないと判断されました。

4.裁判所の判断

裁判所は,まず上記①(謝罪の強制)について,犬に咬まれた被害者のXに対し謝罪を求めるという,児童の祖父らの理不尽な要求に対し,Aはその勢いに押され,その場を穏便に収めるため安易に行動したというほかなく,Xの自尊心を傷つけ,多大な精神的苦痛を与えたもので,パワハラであり不法行為(民法709条)に当たるとしました。
また,上記②(病院への問い合わせ)や③(書類の不作成)がXに精神的苦痛を与えたこと,上記④(示談に関する報告書)がXの補償を受ける権利を侵害するものであることを認め,それぞれ不法行為に当たるとしました。
結論として,Aの不法行為を前提に,D市及びC県は国家賠償法上の損害賠償責任を負うとして,治療費,休業損害,慰謝料など総額約295万円の支払いを命じました。

5.本判決から学ぶべきこと

顧客(カスタマー)によるハラスメント,すなわちカスタマーハラスメント(カスハラ)は,企業等の組織が対応すべき重要な課題です。対応が法的に義務付けられるわけではありませんが,いわゆるパワハラ指針でも取り組むことが望ましいとされています。今回の保護者から教諭に対する言動も,児童の保護者は顧客に類似する立場であり,かつ,事故の加害者から被害者に対し理不尽な言動がなされたもので,カスハラに該当すると考えてよいでしょう。
カスハラに対して,今回のA校長のような態度を取る管理職は,組織にいないでしょうか? 大丈夫でしょうか? 顧客を大切にすることと,理不尽なカスハラを黙って受け入れることは違うはずです。その場しのぎの安易な対応は,カスハラへの対応として問題があるばかりでなく,それ自体がパワハラに当たりうるということを,企業は十分に認識すべきでしょう。

(2020年3月)



プロフィール

原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法

著書(共著)

労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。

公職

労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。

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