ハラスメント対策最前線感情労働について(1)

感情労働とはどのようなものか

Q「感情労働」という言葉はあまり聞かないのですが、どのような労働を指しているのでしょうか。また、なぜ今、感情労働についてフォーカスするのでしょうか。
A最近、コールセンターでカード会社の債権回収業務を行っている女性社員が書いた『督促OL修業日記』(榎本まみ)という本が売れており、何と7刷!5万部に達しているとのことです。著者が配属された部署の仕事は、海千山千の多重債務者らとの激烈なやり取りをしながら債権回収をするもので、「1時間に60本の電話がノルマ」「電話で怒鳴られるのは日常茶飯事」等々・・・その中で著者が身につけたテクニックの一つは、相手に罵られる前に謝罪することであり、例えば「朝早い時間にお電話して申し訳ありません」と謝ったり、電話を切る間際に「あなたも大変でしょうが、よろしくお願いしますね」等と優しい言葉をかける等、いわば言葉を操つることで過酷な職場で立ち向かう方法を見つけ、ユーモアを交じえながら1人前に成長していく姿を描いています。実はこの本に述べられているのが、「感情労働」-自己と相手との感情コントロール(管理)を不可欠の要素とする仕事(労働)-のことであり、このような本が売れているのも、私達の職場に感情(管理)労働が広く行き亘っており、しかもそこからさまざまな問題が生じていることの証左といえましょう。

今日産業の中心が「物の製造」から「サービス」へ移行すると共に、職場においても、「物 vs 人」から「人 vs 人」へと移行するようになり、「人 vs 人」を結びつけるコミュニケーションの役割が飛躍的に増加しており、しかもコミュニケーションは感情と理性との総合作業であることから、仕事の内容として当事者双方の感情を適切にコントロールすることが極めて大きな要素となってくるのです。このことは職場の内部(上司-同僚-部下)はいうまでもなく、職場の外部(顧客や取引先など)との関係でも重要であり、例えばデパートやスーパーなどで顧客の応対をする場合、従業員は顧客との間で、自らの感情を管理したうえで、顧客の表情や態度、発言内容に応じて顧客に満足感を与えて、商品の購入をすすめているのであり、感情の可視的表現としてのいわば「演技労働|をしているといえましょう。このように感情労働とは、労働者自身の感情管理を強く求めるものでもあることから、たえずストレスにさらされることになり、例えば顧客からのクレームに対して、謝罪等誠実な対応が求められると共に、それがたとえ顧客の一方的な誤解にもとづくものであったとしても、まずは冷静に顧客のいい分を聞き、顧客に対して忍耐強く説明することが求められることになるのです。これはほんの一例にすぎませんが、次回以降は「感情労働」について具体例をあげながら、さまざまな角度から検討してみることにしましょう。

(2012年11月)



プロフィール

水谷 英夫(みずたに ひでお)
弁護士 (仙台弁護士会所属)
1973年 東北大学法学部卒業

著書

「コロナ危機でみえた 雇用の法律問題Q&A」(日本加除出版、2021年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策(第5版)」(民事法研究会、2020年)
「第4版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス パワハラ防止法とハラスメント防止義務/事業主における措置・対処法と職場復帰まで」(日本加除出版、2020年)
「第3版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス マタハラ・SOGIハラ・LGBT/雇用上の責任と防止措置義務・被害対応と対処法」(日本加除出版、2018年)
「AI時代の雇用・労働と法律実務Q&A」(日本加除出版、2018年)
「改訂 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス」(日本加除出版、2016年)
「QA 労働・家族・ケアと法-真のWLBの実現のために-」(信山社、2016年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策」(第4版)(民事法研究会、2014年)
「感情労働とは何か」(信山社、2013年)

その他の記事

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