ハラスメント対策最前線感情労働について(2)

感情管理労働の役割とコミュニケーション

Q感情労働とは、今に始まったことではなく、古くからの労働(第一次、第二次産業)においても、やはり感情を管理しながら労働していたと思います。(農業・漁業での共同作業などでは、リーダーやメンバーの顔色を見ながら仕事をしているのではないでしょうか)サービス業を中心とした第三次産業で、なぜ感情を管理しながら労働することが、こんなにも苦痛となっているのでしょうか。
A最近職場では「働きがい」や「ストレス」が話題になることが多く、「自分の職場は何を大切にし、どこを目指しているのかわからない」「叱られも褒められもしないので自分が必要とされているのかわからない」「このままでは働き続ける自信がない」などの声がたくさん聞かれます。シフト勤務で同僚と会うことがなく、非正規職員が増加し、業務量が多すぎて会話する時間がないなど、さまざまな原因が考えられますが、問題は「職場のコミュニケーション不足」にあると思います。

今日、職場においてコミュニケーションが占める役割と比重は、過去と比べて比較にならないほど大きくかつ広範なものとなってきています。近代社会の当初は、鉱山や繊維、製鉄等の産業に従事する工場労働(いわゆるブルーカラー)が主たる業務を占め、そこでは主として身体と結び付いた労働である身体(肉体)労働、即ち「人 v s物」が支配的であり、例えば鉱山や建設現場で作業する労働者にとっては、高所や地中での作業において感じられる、恐怖心といった種類の感情を管理する能力が問われていたのです。

しかし近年に至っては、IT/技術革新の進展と共に女性労働者の職場進出を促し、さらには産業構造のサービス化に伴い、医療、ケア、教育、デイサービス等顧客サービスの増加や、市民社会における行政組織の拡大により、頭脳/知識と結び付いた労働、即ち「人 vs 人」が支配的となり、その担い手であるいわゆるホワイトカラーが職場の中心を占めるようになってきたのです。その結果、職場の外部との関係では、前回述べたようなことが問題となっており、また今日職場の内部では、上司~同僚~部下の関係につき、円満な職務遂行にとっての適切なコミュニケーションの管理が自覚されるようになってきており、例えば職場研修において、技術的なスキルにとどまらず、怒りや衝動的行動を抑制することを目的とした「アンガーコントロール」が注目されたり、上司等からの不適切な感情吐露(いわゆる「パワハラ(パワーハラスメント)」や「いじめ」)によるストレスから、メンタル不全となる職員の増加が職場に深刻な影響を与え、その対策が世界的な問題とされるに至っていることなどがその典型といえましょう。このように今日、「人 vs 人」を中心とした職場における感情管理が強く求められているにもかかわらず、従業員と使用者との間の労働関係においては、かかる事実が十分に認識されていないことから、「感情管理」 は労務提供の対価としての報酬/賃金にほとんど反映されることがないだけでなく、労働環境の悪化に対しても、迅速に対応することができない要因となっているのです。職場におけるストレスに我慢はできても、それをいい形で外に出さないと、嫌な匂いを発しながらその人だけでなく職場にずっと溜まっていくものです。よい職場環境を作るためには、感情管理労働の役割が重要になっているのです。

(2013年3月)



プロフィール

水谷 英夫(みずたに ひでお)
弁護士 (仙台弁護士会所属)
1973年 東北大学法学部卒業

著書

「コロナ危機でみえた 雇用の法律問題Q&A」(日本加除出版、2021年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策(第5版)」(民事法研究会、2020年)
「第4版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス パワハラ防止法とハラスメント防止義務/事業主における措置・対処法と職場復帰まで」(日本加除出版、2020年)
「第3版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス マタハラ・SOGIハラ・LGBT/雇用上の責任と防止措置義務・被害対応と対処法」(日本加除出版、2018年)
「AI時代の雇用・労働と法律実務Q&A」(日本加除出版、2018年)
「改訂 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス」(日本加除出版、2016年)
「QA 労働・家族・ケアと法-真のWLBの実現のために-」(信山社、2016年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策」(第4版)(民事法研究会、2014年)
「感情労働とは何か」(信山社、2013年)

その他の記事

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