ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(5)

SOGIハラって?LGBTとハラスメント

近年日本で、SOGI(ソジ)ハラという言葉が話題になっていることは、以前の記事『第11回国際職場のいじめ・ハラスメント学会参加報告と最近のトピックス』でも触れました。SOGIとは、Sexual Orientation(性的指向) とGender Identity(性自認)の略で、性的指向や性自認に関連して、差別やいじめ、暴力などの精神的・肉体的な嫌がらせを受けること、あるいは、望まない性別での学校生活・職場での強制異動、採用拒否や解雇など、差別を受けて社会生活上の不利益を被ることを指します。

性的指向は、恋愛対象の方向性を示し、例えば男性として男性が好きならば男性同性愛者(ゲイ)、女性として男性が好きならば異性愛者(ヘテロセクシュアル)、誰に対しても恋愛感情を持たないのであれば無性愛者(アセクシュアル)等と言われるものです。一方で性自認は、自分自身を男性と認識しているか、女性と認識しているか、あるいはどちらでもない等と認識しているかを指し、生物学的性と性自認が一致している場合はシスジェンダー(例:男性の体を持って生まれ、自身も男性であると認識している)、一致していない場合はトランスジェンダー(例:男性の体を持って生まれたが、自身を女性であると認識している)、そして男女どちらでもないと認識している場合はXジェンダーやノンバイナリー等と呼ばれます。大事なことは、こういった性的指向や性自認はグラデーションであり、どのようなものであっても尊重されるべきであるということです。

我が国ではシスジェンダーの異性愛者が圧倒的マジョリティであるため、どうしても異性愛を前提とした会話(※)がされがちですが、これらの会話は性的マイノリティであるLGBTQs(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニング等)の従業員に対し不適切であることはもちろん、シスジェンダーの異性愛者にとっても本来職場では必要ないものです。というのも、恋愛や結婚は誰にとっても個人のプライベートな事柄であるとともに、仕事の遂行に全く関係のない事柄であるため、基本的に本人から打ち明けたり報告や相談があったりしない限り、職場において話題にすべき事項でないからです。

  • ※異性愛を前提とした会話の例
  • ・男性に対し「彼女はいるの?」と聞く
    →男性の恋愛相手は女性である、という決めつけ
  • ・未婚の人に対し「結婚しないの?」と聞く
    →未婚の人は異性愛者であり、結婚願望があるという決めつけ(我が国ではゲイやレズビアン等、同性同士では結婚することができないことも覚えておく必要がある)

LGBTQsの従業員は、差別という名のSOGIハラを受けることが多いと報告されています。例えば海外において、ゲイの男性労働者25%~66%が差別を経験していたことが報告されています(Croteau, 1996)。しかし実のところ、多くのレズビアンやゲイの人々は職場でカミングアウトしていない(Badgett, 1996; Driscoll et al., 1996; Schneider, 1987)ことを考えると、差別を受ける可能性はもっと高いと考えられます。一方で日本人労働者を対象とした我々の調査(未発表データ)では、LGBTQsの中で、特にトランスジェンダーの人が最も多くSOGIハラの被害にあっていました。恐らくこれは、ゲイやレズビアン等は自分から言わなければ性的マイノリティであることがわからない可能性が高いのに対し、男性から女性へ、あるいは女性から男性へと見た目が変化するトランスジェンダーは、本人が言わなくても周囲が見た目に違和感を覚えたりトランスジェンダーであることが周囲に伝わりやすかったりして、悲しいことにいじり等の対象になりやすいのではないかと思われます。

性的指向や性に関する生涯の差別経験と日々の差別経験がある場合、そういった経験がない場合と比べ、1つ以上の精神疾患を持つリスクは1.60倍および2.13倍であったと報告されています(Mays & Cochran, 2001)。LGBTQsの方々は様々な困難から精神的・身体的不調を抱えやすいことがわかっていますが、その困難の中に差別やハラスメントがあることを、職場でも認識する必要があると言えるでしょう。

2019年6月に公布された『労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(以下、法)』により、2020年1月には『事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)』(以下、パワハラ指針)が告示されました。

実はこのパワハラ指針で、いわゆるSOGIハラや、性的指向や性自認の望まぬ暴露であるアウティング(※)が、パワハラの一つとして扱われることになりました。つまり、SOGIハラも、パワハラと同じように企業に防止対策が義務付けられることになったのです。さらに、性的指向や性自認は、機微な個人情報(他人に知られたくない情報)やプライバシーであることもパワハラ指針に明記されました(他にも、病歴と不妊治療が機敏な個人情報と位置付けられました)。

  • ※アウティングの例
  • ・本人の許可を得ることなく、「あの人、ゲイらしいよ」と言いふらす
  • ・本人の許可を得ることなく、「〇〇さんは元女性であるから配慮が必要」という情報を後任の上司に引き継ぐ
  • ・戸籍は男性のままだが現在は女性として生活している従業員の性別情報(男性)が、他の従業員にも閲覧できる状態になっている

SOGIハラやアウティングは、LGBTQsの従業員の心を深く傷つけ、働きづらさ・生きづらさを感じさせると共に、最悪の場合精神疾患の発症や退職に追い込んでしまうことに繋がり、企業にとっても大きな損失となります。今回のパワハラ防止対策指針によって、その人がどのような性的指向や性自認を持っているかが、病歴や不妊治療と併せて機微な個人情報やプライバシーであると位置付けられたことは非常に画期的であり、これを契機に、SOGIハラにつながりやすい会話や言動が職場で少しでも減ることが期待されます。

(2020年3月)

プロフィール

津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 准教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。

経歴

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。

東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。

著書(共著)

「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕

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