ビジョナリー対談京都大学大学院 総合生存学館:思修館 河合 江理子 教授

Vol.05 河合江理子教授(京都大学 大学院総合生存学館:思修館)「最初から自信がある人っておかしいですよね。新しいことしようと思ったらダメな自分がいくつもありますよ」

今回ご登場いただく河合江理子教授(京都大学 大学院総合生存学館:思修館)は、都内の国立高校を卒業後に米国ハーバード大学に進学。帰国して日本企業へ入社したものの、女性にはお茶くみの役目とアシスタント的な業務しか与えない風土に飽き足らずに渡仏し、INSEAD (欧州経営大学院)でMBA(経営学修士)を取得します。その後は約30年間にわたり、スイス、フランス、イギリス、ポーランドにある企業や国際機関でご活躍されてきました(マッキンゼー、ウォーバーグ銀行、山一証券の合弁会社、国際決済銀行BIS 、経済協力開発機構OECDなど)。現在は、京都大学大学院で教鞭をとっていらっしゃいます。
お聞きするだけで圧倒されてしまうご経歴ですが、新しいチャレンジを繰り返してキャリアを作ってこられた河合先生の生き方は、もちろん私たちにとっても大いなる参考になります。先生は著書『自分の小さな「鳥カゴ」から飛び立ちなさい』(ダイヤモンド社)で、こう記されています。
「海外に行くことだけが正解だと私は考えていません。積極的に新しい仕事をつくり出す。部署を変える。転職する。それぞれの出口の見つけ方があり、いまいる場所から飛び立とうとするための努力はすべて立派な挑戦です」
河合先生に弊社会長の岡田康子が、チャレンジする女性たちへのアドバイスをお聴きしました。

新しいチャレンジは自分自身を成長させる

岡田康子 クオレ・シー・キューブ(以下、岡田):
輝かしいご経歴からのイメージとは違って、実際にお会いしてみると、先生はとても柔らかい雰囲気を持っていらっしゃいますよね。

河合 江理子 教授 (以下、河合氏):
でも大学卒業後にアメリカから帰ってきたときには、すっかりアメリカ人の考え方になっていました。たぶん今の自分が、本来の自分だと思います。当時は、高校を出てすぐに渡米したので、「もっと自己主張しろ!」と周りのアメリカ人からプレッシャーをかけられて、帰国して日本企業に就職したら従順な「日本人女子社員」になれず、自分だけ浮き上がってしまいました。リバースカルチャーショックで大変悩みましたが、日本の社会に再適応するためにいろいろ学んだことも大きいかもしれませんね。

岡田:
その後は欧州各国で転職されてこられた。それこそ言葉も文化も違う場所へ何度も移ることは簡単なことではなかったと思いますが、それは柔軟性や好奇心がおありになったからでしょうか。

河合氏:
適応力はあると思います。自分がよいと思っている価値観や、自分がやりたいと思ったことは、好奇心を持って学び、それを受け入れることはできます。だから逆に、“日本の男社会”みたいなものには適応できないところがありますね。

岡田:
失礼な言い方になりますが、先生は常に新しいことにチャレンジし、適応することで成長されてこられた方だと思います。私は、日本の働く女性に対しても、そうしたメッセージを贈りたいのです。なぜなら、まだまだ潜在的な力があるのに「私はこのままでいいんです……」と言う女性が結構いらっしゃるんですよ。

河合氏:
わかります。リスクを取りたくない、と……。

岡田:
ずっとこのままでいようとすると、その場には適応していくのでしょうが、他の部署や会社に行ったとき、あるいは、今いる環境が変わったときの適応力が低くなってきて、結局、「女性は視野が狭い」などと言われてしまうことがあります。

河合氏:
私の場合は、自分で選んだ道だから適応していかなければなりませんでした。ただ、リスクをとりたくないのは、日本だけではなく、アメリカの女性も抱えている問題だと思います。女性が難しい仕事にチャレンジした場合、失敗したときのダメージの方が大きくて、逆に、成功したときに社会が認めてくれるかというと、そういうわけでもありません。今は認めてくれるかもしれませんが、以前は男性からも、周りの女性からも冷たい目で見られることが多かった。家庭を犠牲にして仕事をしている自分勝手な女性と見られるわけです。リスクに対するリターンが少ないというか、女性はポジティブな良いフィードバックを受けてないのではないかと思うんです。
そのことは、フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグさんの著書『LEAN IN(リーン・イン) 女性、仕事、リーダーへの意欲』(日本経済新聞出版社)を読んだときにも感じました。アメリカの女性、彼女ほどのレベルの女性、でさえも子供を育てながら男性社会で働いていくことにこれだけ悩み、苦労しているということが赤裸々に書かれています。
日本も、アメリカでさえも、女性を後押ししてくれる力が足りないですよね。社会的に女性が自分の目標に向かって一生懸命がんばっているのに、応援してくれずに「自分勝手」「アグレッシブ」などとネガティブなことを言われる。そうしたら「もういいや」と考えてしまうのが普通の感覚だと思います。

岡田:
先生が最初に行かれたフランスではどうでしょうか。

河合氏:
フランスは割と女性が仕事で活躍している国です。政治や経済でも、女性の進出がヨーロッパの中でも進んでいるところで、私も価値観をシェアできる女性の友達に恵まれて、自然に仕事ができるところがありましたね。結婚して子供を三人くらい育てながらバリバリと仕事とも両立している人が周りに普通にいましたから、そういう人たちのアドバイスを受けたりして、仕事と生活もエンジョイしながら、違和感なしに働くことができました。

岡田:
基本的に男性の働き方も違うのでは?

河合氏:
そうなんです。男性が夏休みをしっかり取るから女性も休みが取れる。結局それはあると思います。日本の場合は専業主婦がいて、その分、男性は150%仕事に力を注ぐことができるというパターンですが、ヨーロッパではトップマネージメントの方でも、家庭と仕事を尊重するのが当たり前という感じです。経営のトップの方でも、2、3週間の休みは取ると思います。

岡田:
今、政府の進める女性活躍推進において、女性役員や管理職をつくる数値目標が出されています。数値目標に抵抗があるかもしれませんがせっかくのチャンスは使ってみたらいいと思っています。失敗したくないのもわかりますが、若いうちだったらどんどん失敗していい。そうしてチャレンジしたら何か得るものが必ずあると思います。

メンター(相談できる人)をつくることの大切さ

岡田:
女性の役員や管理職への登用にあたってよく「ロールモデルがない」「ネットワークがない」ということが問題となります。周囲からのハラスメントもあれば、女性自身も頑張ってしまって、ハラスメントをしてしまう、あるいはつぶれてしまう心配もあります。そうならないためには、一人二人ではなく、ある一定の人数の女性を登用していく必要があるし、社外にメンター(指導者、助言者)がいてもいいと思います。多くの会社では、おそらく社内にはいませんから。

河合氏:
社外にメンターをつくるのは非常にいいと思いますね。例えば、スイスでは女性の社会進出がヨーロッパの中では遅れていたので、ロールモデルとなる人が社内にいないことが多い。それで、他の企業の女性に自分たちの会社のメンターになってもらっているという話も聞きました。
私もそうでした。国際決済銀行では上司からのハラスメントに悩んでいたのですが、女性であり、しかも日本人である私には、社内に高い視点から助言してくれる上司や同僚がいなかった。しかし、幸いなことに社外に相談できる人が何人もいました。
それから、コーチの存在も凄く大事だと思います。秘密を守ってもらえて、プロフェッショナルなアドバイスをしてくれる存在です。私も、あるコーチの一言が、もっと新しいことにチャレンジしようという力を与えてくれました。経験を積んだ客観的に判断してくれる人は必要です。一人だけで悩んでも解答がない場合が多く、第三者の助言は必要かと思います。

岡田:
職場の人間の価値観だけではない、何人かの目でアドバイスをもらうことは重要ですね。

河合氏:
新しいことにチャレンジするとき、サポートというか、心の支え、自分に自信を与えてくれるような人も大切なんでしょうね。それは、人だけではなく、物や過去の成功体験もそうです。心理学でいう「セキュアベース(安全基地)」のような、自分が安心できる人や場所です。

岡田:
ご著書を読み、お話をうかがってみると、先生のように優秀で輝かしいキャリアのある方でも、戸惑い、悩み、自信をなくすことも多々あったのですね。そのことにとても勇気をもらう人も多いと思います。

河合氏:
逆に、最初から自信がある人っておかしいですよね。みんなそうじゃないですか。最初からパーフェクトになんてできないし、だからみんな学んで行くわけですから。新しいことをしようと思ったら、できない自分、ダメな自分がいくつもありますよ。

岡田:
先生の著書にあった助言――「マインド・アイ(心眼)」をしっかり使う、つまり、本心に忠実になって目標を見つけたらそれを絶対に手放さないことや、日々の仕事の中では「出口」という選択を意識して意味のある努力をしていく――ということも印象に残りました。

河合氏:
やりたいことがあったら、ただ「やりたい、やりたい」と言うだけではなく、それをやるためにきちんと戦略的に考え、努力することが大切です。スティーブ・ジョブズ(アップル創業者)が言っているように、そのときには意味がわからない努力であっても、後で点と点がつながって何かになることもあります。努力にはそういう面もあるので難しいのですが、でも、基本的には、自分のやりたいことがあったらそちらにエネルギーを向けていた方が幸せですよね。自分の目標に向かって努力するのは、“素晴らしい自分への自由”なのですから。

岡田:
このお話は女性だけでなく、激動の時代にグローバルで活躍する男性にも役立つ話ですね。素敵なメッセージをありがとうございました。

(2015年8月)

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