LGBTQからダイバーシティ&インクルージョンを考える第5回 災害時のSOGIインクルーシブな環境づくりを考える

第5回 災害時のSOGIインクルーシブな環境づくりを考える

今回の能登半島地震で被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。皆さまの安全と、一日も早く平穏な生活に戻られますことを祈念しております。
この度の地震を受け、「職場づくり」から幅を広げ、「まちづくり」という枠組みでSOGIインクルーシブについて考える機会になればと思い、「災害時のSOGIインクルーシブな環境づくりを考える」というテーマでお送りします。
※この先、震災や災害を想起させる記述があります

災害時の困難と工夫の事例を知る

LGBTQは、国内の様々な調査において約3~10%と言われていますが、性のあり方は見た目等ですぐに分かるものではないため、本人からのカミングアウトがない限り存在が認知されにくく、困難も可視化されにくいという現状が指摘されます。普段から声をあげにくいことに加え、災害時は特に、「今はそれどころじゃない」と受けとられてしまうリスク等があり、困りごとがあっても伝えにくくなりがちです。しかし、どの被災地にも必ずLGBTQの人はいるはずです。災害時のSOGI(性的指向[Sexual Orientation]や性自認[Gender Identity])インクルーシブな対応の検討につなげていただけるよう、具体的な困りごとと工夫の事例をご紹介します。

① 避難できない

避難所の運営が、典型的な性のあり方と家族のみを想定して行われている場合、避難所が「安全な場所」ではなくなってしまい、避難することを積極的に選択できず、結果的に危険があっても自宅等にとどまってしまうことがあります。
例えば、周囲からの偏見や差別の恐れ、避難所の名簿の性別欄、法律上の家族を「世帯」として想定する支援体制などがハードルになっていることが考えられます。

<工夫>
・避難所利用時の避難者カードの性別は、任意記入や「男・女」以外の選択肢も設けた形とし、閲覧可能者を限定するなど、プライバシーが守られるようにする。
・「世帯」の捉え方を法律上の家族に限定せず、「これまでの暮らしの単位=世帯」と考え、同性パートナーやその子どもも家族として扱われるようにする。
・避難所運営においては、多様な人がいることを前提に、SOGIも含め、障害、国籍、年齢、健康状態等によるあらゆる差別やハラスメントを許さないことを明言し、その旨を避難している人全員に伝え続ける。宣言として掲示しておくことや、相談先をあわせて明示することも有効。
・避難が長期化する場合、仮設住宅等に入居する際も、本人の性別や、同性パートナーを含めた世帯構成員の関係性について、多様な可能性を想定し、制度を設計する。ヒアリングシートの性別欄や、続柄の届出方法等について工夫が可能。

② 家族の安否が確認できない

今の日本では、法律上同性同士の場合、婚姻制度を使うことができません。同性パートナーがいる人や、トランスジェンダーでパートナーと法律上の性別が同一の人は、養子縁組等の方法をとらない限り、法律上は親族になれません。そのため、災害時は安否を確認することが難しくなりがちです。

<工夫>
・避難所や医療機関においては、同性パートナーやその子どもについても、家族同様の情報提供が行えるようにルールを決めておく。自治体単位で取り組みが進む、パートナーシップ・ファミリーシップ制度の運用とあわせて検討可能。
・職場でも、「緊急連絡先として親族以外の人も登録可能」としておくことで、万が一の時に、必要な人に連絡が取れるように。

③ 男女別に分かれた設備や支援物資等が利用できない

避難所のトイレ、入浴設備等が男女別に分かれたものしか用意されていない状況や、支援物資が「女性用」「男性用」と分けて配られる状況だと、トランスジェンダーやノンバイナリーの方は困ることがあります。例えば、「使えるトイレがなくて、避難所にいることを諦めた」「暫くの期間ホルモン投与ができず生理が来たため、ナプキンが必要になったが、見た目の性別が男性的のため、受け取る時に『誰の分ですか?』と質問され、不審がられた」といった事例もあります。

<工夫>
・男女別のトイレに加えて、性別を限定せずに使えるだれでもトイレを用意する。障害のある方や介助が必要な方も含め、十分な数が確保されるようにする。
・更衣室や入浴の設備などは、個別に使える時間を設ける、避難所外の施設とも連携するなどして、既存設備のみだと困る可能性を考慮する。
・支援物資の必要性を、見た目の性別で勝手に判断しない。プライバシーに配慮を要するものは中身の見えない状態で渡す。

④ 必要な医療的ケアを受けられない

ホルモン療法を受けている方が、予定していたホルモン投与ができずにホルモンバランスが崩れることで更年期に似た症状が出現したり、性別再適合手術を受けている方の術後ケアが必要となったりする場合があります。また、LGBTQの中には、精神疾患やHIVの投薬を必要とする方もいますが、偏見を恐れて医療スタッフにも言い出しにくく、医療ケアが受けられないまま健康状態が悪化してしまうこともあります。

<工夫>
・避難所で医療的なケアが必要な人が安心して相談できる窓口を明示する。
・医療ケアのニーズをプライバシーに配慮しながら聞き取れる空間や仕組みをつくる。ヒアリングする場を個室にする、事前記入シート時のチェック項目に「ホルモン剤」「抗HIV薬」等の選択肢も入れる等の取り組みで、取りこぼしを避けられる。
・専門的なケアや緊急対応が必要となる場合、他の医療ニーズと同様、二次避難の優先群として対応する。

⑤ 相談できない

SOGIに関する相談や、自身の性のあり方を明かした上での相談ができず、困りごとを一人で抱え込んでしまう、孤立してしまう、といった課題もあります。

<工夫>
・相談窓口でSOGIに関する相談も受けられることを明示する。
・匿名で困りごとを伝えられる投書箱や記入フォームを設ける。
・より専門的な相談対応が必要になった場合に活用可能な、外部機関や電話相談などの社会資源を一覧化して全ての避難者に周知する。

工夫を考える時のポイント

「災害時のSOGIインクルーシブな環境づくり」を考える際、職場づくりと共通して大切にしたいポイントがあります。

命や尊厳に関連するテーマであることを認識しておく
「災害時は命がどうなるかという場面なんだから、個人的なことに対応してもらおうとするのはわがまま」と捉えられてしまうことがありますが、性自認に沿って生活し、自らの大切な家族が家族として扱われることは、全ての人にとって重要な権利であり、命と尊厳に関わる話です。
「LGBTQのための特別な対応」ではなく「全ての人の個を尊重するための対応」と考える
例えば、暴力や差別のない避難所、プライバシーが配慮された空間、必要な医療的ケアが気兼ねなく相談できる仕組みなどは、いずれも「LGBTQだから必要なこと」ではなく、「誰もが少しでも安心して過ごすために必要な取り組み」と捉えることができます。ここでも、「LGBTQ対応」ではなく、「SOGIインクルーシブな環境づくり」という考え方が有効です。
「多様な人がいる」ことを前提にした制度・仕組みを整備する
地域の防災計画や避難所運営マニュアルの中にSOGIインクルーシブネス/LGBTQについての方針を定め、具体的な対応について記述しておくことで、非常時に忘れ去られ、置き去りにされるリスクの低減を図ることができます。内閣府の調査によると、2021年度に災害救助法が適用された130市町村のうち、地域防災計画や避難所運営マニュアルにLGBTなど性的少数者への配慮を盛り込んでいた自治体の数は18にとどまり、約14%でした。まちづくりに関する計画の策定時にも、多様な人が意思決定に参画できるようにしたり、周縁化されがちな人たちの声を積極的に聞くための場を持ったりすることが、非常時の備えにもつながります。
一人ひとりの日常で、「多様であること」を当たり前にしていく
災害等の非常時には、SNS上を中心にデマや差別や偏見に基づく情報が拡散されがちです。しかし、これは「災害発生を理由に新たに起きること」というより、「平時から存在していたバッシングや攻撃が、非常時に激化したもの」と考えることができます。したがって、平時からの地道な取り組みが重要です。各人が正確な情報を持つこと、日頃から「多様な人と共に生きている」という意識を持つことが、何よりの力になります。

今回は、災害時のSOGIインクルーシブな環境づくりを考えてきました。ぜひ、自分の住んでいる地域の防災計画や職場の災害時対応の方針を、「SOGIインクルーシブ」という観点からも点検してみてください。様々な制度や仕組みが、災害に向き合う「みんなのための備え」になるように、一人ひとりの力でアップデートを続けていけたらと思います。

(2024年1月)

プロフィール

中島 潤(なかじま じゅん)
認定特定非営利活動法人ReBit(リビット)所属。

経歴

東京外国語大学在学中に、ReBitにて研修やイベント企画等、多様な性に関する発信活動を開始。学部卒業後、トランスジェンダーであることを明かして民間企業に就職。営業職を経て、販売企画部門課長職として、予算管理や人材育成、組織体制の強化といったマネジメント業務に従事。その後、より深く「多様な性」をめぐる課題を研究すべく、大学院にて社会学を専攻、修士(社会学)。現在は、「LGBTQも含めた誰もが、自分らしく働くことを実現する」という目標のもと、企業・行政等への研修やコンサルテーション、就活生・就労者への支援を行う。

2020年より、LGBTの支援もできる国家資格キャリアコンサルタント養成プログラムnijippoのプログラム責任者をつとめ、コロナ禍ではオンラインキャリア相談などの支援事業を実施。

●監修:『「ふつう」ってなんだ?―LGBTについて知る本』(学研プラス)、『みんなで知りたいLGBTQ+』(文研出版)他

●メディア出演・掲載実績:ドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき~空と木の実の9年間~』、NHK WORLD、NHK ハートネットTV、TBSラジオ、朝日新聞他

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