ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(13)

『パワハラ上司を科学する』 執筆秘話

著書『パワハラ上司を科学する』(ちくま新書)の出版を記念し、クオレ・シー・キューブ主催で講演(2023年1月23日)を開催しましたのでその模様を一部、お届けいたします。

※ 再生ボタンをクリックすると動画をご覧いただけます。

研究領域・活動について

私は現在、神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科で教授として学生に公衆衛生学を教えています。本業は研究者で、メインの研究領域は社会疫学、行動科学、精神保健学です。

「疫学」というのは、人の健康の要因、あるいは健康状態・疾病の分布を調べる学問です。その中でも、人の健康に対して影響を与える社会的要因を研究しているのが社会疫学です。社会的要因の中には、労働環境、人と人との繋がり・ネットワーク、ジェンダー、社会経済的状況(収入、学歴)などが含まれます。

行動科学の分野では、人はなぜそういった行動するのかということを科学的に解明する視点から、どうしたらパワハラ行為者を行動変容できるかなどに関心を持ち、それに関わる研究や活動をしております。

また、精神保健学全般として、特に職場でうつ病になってしまう方にはどのような状況があるのか、に関心を持ち、労働時間、上司のリーダーシップ、ジェンダーの格差などの健康や組織への影響を調べています。

学外活動は、ハラスメント関連でお声がかかることが多いです。ちょうど2022年度は、厚生労働省「カスタマーハラスメント・就活ハラスメント等防止対策強化事業」に携わっており、委員長であるクオレ・シー・キューブの岡田会長と一緒に、検討委員を務めております。

厚生労働省も近年、職場内で起こるハラスメントだけではなく、職場外の、第三者から受けるハラスメントに関しても対策を強化したい意向があります。強化事業では、企業で、あるいは就活サイトなどで、どういった取り組みが行われているのか、各社にヒアリングしております。おそらく今年(2023年)3月頃に報告書が出ると思いますので、そちらの情報も追っていただければと思います。

講演では第1~5章までの概要をお話しましたが、こちらでその内容はご確認いただけますので、この場では割愛します。

パワハラ研究のきっかけ

パワハラ研究を始めたきっかけは、私が大学生のときのアルバイト経験にあります。営業のアルバイト先で、パワハラを目撃しました。営業成績が優秀な上司(女性)が社員を叱責していて、それが30分、1時間続くという状態があったのです。

そもそも小規模の会社でほとんどがアルバイトであり、社員は5人しかいなかったのですが、私が働いていた半年間で5人が2人にまで減るという事態になりました。パワハラで辞めてしまったんですね。それを見たときに、強烈な違和感がありました。会社の売上を上げることが目的なはずなのに、せっかく採用して研修までした人たちを潰す。そういう指導方法は、どう考えてもおかしいだろうと思ったのです。

しかし当時、私は大学生でしたので、その上司に対して、どういう指導の仕方をしたらパワハラにならずにかつ売上を上げることができるか、という説明ができなかった。それがものすごく悔しくて、それをできるような人になろうと思いました。あと同時に、こういったパワハラは、他の企業でも起こっているのではないかという危機感を覚えました。

そこでまずは職場のメンタルヘルスに関して学ぶべく、東京大学大学院に進むのですけれども、当初はカウンセラーなどとして現場に出ようと思っていたんです。でも調べてみたら、当時、いじめやハラスメントの科学的研究や実態調査は、日本ではほとんど行われていなかった。ならば、まずはどのくらいの人がパワハラに遭っているのか、どうすればパワハラが減らせるかを科学的に証明するほうが優先度は高いと考えました。職場のいじめ・ハラスメント対策を推進するために、そのエビデンスを出す側になろうと決意したんです。

執筆に至る背景

私はこれまでに自治体・企業などで最低でも1万人以上の方に講演・研修をしていますが、やり始めて10年以上経っても、いまだに「初めて知りました。今日、お聞きした内容をもっと早く知りたかったです」と言われます。

それで、だんだんと自分の限界を痛感しました。もうすでに「これをやるとパワハラが起きます。こういう職場はパワハラが起こりやすいです」ということがわかっているのに、それをきちんと伝えられないところに、再度、危機感を覚えました。

特に厚生労働省が指針で示すハラスメント対応は、既に起こった裁判例がベースなので、予防的な効果がありません。パワハラの発生要因、健康への影響、企業への影響などはわかっているのにもかかわらず、エビデンスに沿った効果的な対策がほとんど現場で行われていないという状況が続いています。

そこで、パワハラが起こりやすい組織や上司の行動等を示した、現場で使えるデータ、エビデンスをまとめた本を執筆すれば、より多くの人のパワハラ問題に対する科学的な理解が促進され、より効果的なパワハラ対策の推進に繋がるのではないかと考えました。

しかしながら、私の持っているデータや知識の範囲が広すぎて、どこからまとめたらよいか最初悩みました。そんな時、岡田会長から、私が持っているデータや内容を一度レクチャーして、それを本に書いてはどうかとアドバイスいただいたのです。そこで、2021年に「パワハラ対策研究会」(全6回)を開催しました。そして、その中でも特にパワハラ行為者に焦点を当てた部分を、今回の本にまとめました。

ちくま書房から本を出した理由は、2つあります。一つ目は、新書だと一般の人に手に取っていただきやすいだろうと思ったことです。二つ目は、ちくま新書では、文章と参考文献を連結させて編集していただけるので、私が望む形で、最終的な原稿を仕上げてもらえそうだと思ったことです。

ちなみに、編集者に企画書と目次を提出した際は、内容が専門的すぎるので、ちくま書房の中でもちくま選書という、もっと分厚いもので出版した方がいいと勧められました。しかしそれだと一般のビジネスパーソンの方が手に取ってくれないのではないかと思って、新書で出させてくださいとお願いした経緯があります。

本書 『パワハラ上司を科学する』 の目的

この本の目的は、「この世から、誤った部下対応をしている上司や先輩を一人でも多く減らすこと」です。この本が多くの人に渡ると、それが可能になると信じています。

まず、パワハラ問題に対応している方に関しては、パワハラが起こる原因とメカニズムについて正確にご理解いただけると思います。そのためパワハラ問題について、経験と勘ではなく、根拠に基づいた対応ができるようになることで、より効果的な対策を進めることに貢献できると思っています。

また上司・先輩の立場の方に関しては、パワハラ上司にならない方法を身につけることができます。パワハラしてはいけないならば、代わりに何をすれば良いのか、をとにかく具体的に書く事を心がけました。これを実践して頂ければ、確実にこの世からパワハラ上司を減らすことができると考えています。

私自身、この本が多くの人の手に渡ることが、日本の職場からパワハラをなくすことに繋がると本気で信じています。もう読んでくださった方は、ハラスメントフリーを実現する仲間です。ぜひ1人でも多く、周りの方に読むことを勧めていただければと思います。


ぜひ、お近くの書店でお買い求めください!

(2023年2月)

プロフィール

津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。

経歴

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。

東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。

著書(共著)

「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕

その他の記事

お電話でのお問い合わせ

03-5273-2300

平日受付時間 10:00-17:00

フォームからのお問い合わせ

お問い合わせ