ハラスメント対策最前線科学的根拠をもとに進めるメンタルヘルス対策とハラスメント対策(14)

在宅勤務とハラスメントやメンタルヘルスとの関連

コロナ禍における在宅勤務の拡大

2020年から数年に及んだ新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により、労働者を取り巻く環境は大きく変化しました。その一つが、在宅勤務者の増加です。感染拡大期は「ステイホーム」が叫ばれ、不要不急の外出を自粛するよう呼びかけがあったことが影響しています。

労働政策研究・研修機構の労働者調査1では、2020年12月調査時点までに在宅勤務経験がある労働者のうち、2020年3~5月の間に在宅勤務を開始した者が72.0%であり、半数以上の労働者が感染拡大を機に在宅勤務を開始していたことがわかっています。また、その後の調査2では、寄り戻しはあるものの、2022年3月にまん延防止が全面解除された時点においても一貫して在宅勤務はCOVID-19発生前の通常月の2倍を上回る実施率を維持しており、ポストコロナの行動習慣として定着しつつあります。

しかし、在宅勤務で働く労働者の数は、日本全体としてはそれほど多くありません。前述の労働政策研究・研修機構の労働者調査1でも、2020年12月調査時点までにテレワークの経験がある労働者は29.0%にとどまり、そのうち調査時点でも継続している者は60.9%でした。筆者が2020年8月から9月にかけ実施した労働者約16,000名を対象にした調査では、コロナ禍で在宅勤務を開始したのは全体の8.4%、コロナ前から在宅勤務をしていたのは18.1%で、合計すると全体で26.5%でした3。以上から、在宅勤務者は多い時でも労働者全体の3割に満たないというのが日本の現状のようです。

在宅勤務とハラスメント

コロナ禍におけるリモートハラスメントについては、以前にこの連載でも取り上げました。筆者らが行った調査では、在宅勤務を行った労働者の1~2割が「就業時間中の上司からの過度な監視」等のハラスメントを受けていたことが明らかになっています。

コロナ禍の在宅勤務とリモートハラスメント(リモハラ)

こういった調査によって、「在宅勤務でもハラスメントを受ける人が一定数いる」ことはわかったのですが、これまで在宅勤務をしていなかった人が在宅勤務を開始した時にハラスメントを受けやすいのか受けにくいのかについては、明らかになっていませんでした。そこで筆者らは、2020年8月から9月にかけ実施した労働者約16,000名の調査データを用いて、解析を行いました3

その結果、コロナ禍で新たに在宅勤務を開始したことは、職場でいじめ・ハラスメントを受けるリスクを18%減らす方向性と関連していることがわかりました。在宅勤務を開始することで、ハラスメント行為者/あるいはハラスメント行為者となりうる人との物理的な接触機会が減少し、ハラスメントに該当するような言動を受ける可能性が少なくなったことが影響していると考えられます。なお、コロナ前から在宅勤務を行っていることと、職場でいじめ・ハラスメントを受けるリスクとは関連は見られませんでした。 在宅勤務は、行為者と被害者との物理的接触をなくすという点で有効であると言えます。既に複数人から目撃証言が得られているようなハラスメントや、客観的証拠が確保されているようなハラスメントの場合、発覚した段階で、行為者に業務命令として在宅勤務を命じたり、被害者の在宅勤務を許可したりすることで、さらなるハラスメントが発生したりエスカレートしたりするリスクを下げることも可能です。

在宅勤務とメンタルヘルス

ただし、在宅勤務はハラスメントリスクを減らす一方で、在宅勤務者は、非在宅勤務者より、メンタルヘルスの状況が悪いことがわかりました。例えば、コロナ禍で新たに在宅勤務を開始した労働者は、開始しなかった労働者と比べて、重症精神障害や自殺念慮を持つリスクが1.2倍高かったのです3。コロナ前は職場に出勤すれば上司や同僚と自然にコミュニケーションが取れ相談ができたのが、在宅勤務の開始によって、コミュニケーションの機会が減り、孤独を感じやすくなったことが影響していると考えられます。

それだけでなく、コロナ前から在宅勤務を行っていた労働者でも精神的不調を抱える人が多いことがわかりました。具体的には、コロナ前から在宅勤務を行っている労働者は、そうでない労働者と比べて、重症精神障害や自殺念慮を持つリスクが1.5~1.6倍高かったのです。このことから、在宅勤務期間が長くなるほど、精神的不調を抱えるリスクが高まる可能性があると言えます。

実は他の研究でも、長期間にわたる在宅勤務は、労働者の精神健康にネガティブな影響をもたらす可能性があることが示唆されています。例えば、コロナ禍で情報通信企業の6万人以上の従業員を対象にした大規模調査4では、在宅勤務は、従業員間の同期コミュニケーションを減少させ、企業内の部署間の橋渡しを減少させるなど、悪影響を及ぼすことが示されています。
ただ、これらの結果から、在宅勤務は健康に悪いと結論付けることはできません。在宅勤務は労働者のワーク・ライフ・バランスを向上させ、満足度が高まるという研究結果もあります。実際、筆者らの研究でも、在宅勤務とメンタルヘルス不調との関連が認められたのは男性のみであり、女性においては在宅勤務とメンタルヘルス不調との関連が見られませんでした。
日本では、家事・育児時間に著しい男女差があります。例えば、内閣府の委託調査事業『仕事と生活の調和推進のための調査研究5』では、正規職員・役員の男性のうち平日の家事時間が「1時間未満」と回答した人が50.8%、次いで「1時間以上2時間未満」が34.5%と、家事時間が1日2時間未満の人が85%に達するのに対し、女性の正規職員・役員で平日の家事時間が「1時間未満」と回答した人は6.9%、「1時間以上2時間未満」と回答した人は26.2%と、合わせても33.1%しかいません。残りの7割弱の女性正規職員・役員は、これよりもっと多い時間を家事に費やしているのです。

これは育児時間も同様で、正規職員・役員の男性のうち平日の育児時間が「1時間未満」と回答した人が43.6%、次いで「1時間以上2時間未満」が36.0%と、育児時間が1日2時間未満の人が8割に達するのに対し、女性の正規職員・役員で平日の育児時間が「1時間未満」と回答した人は11.7%、「1時間以上2時間未満」と回答した人は25.7%と、合わせても37.4%しかいません。同じフルタイムで働く正規職員や役員であっても、男性よりも女性の方が家庭で働く時間が長いのです。そのため、特に女性においては、通勤時間がなくなることで家事や育児との両立がしやすくなり、それがメンタルヘルスの不調に繋がらなかったと考えられます。

また、一般的に女性の方が職場以外の繋がりも多いため、在宅勤務によって職場の上司や同僚とのコミュニケーションが少なくなっても、他に話したり相談したりする人がいて、メンタルヘルス不調になりにくい可能性があります。一方で男性は、生活時間の多くを仕事が占めており、遊びに行くのも飲みに行くのも仕事仲間であることが多いため、在宅勤務になった場合には勤務時間内だけでなく勤務時間外のコミュニケーション機会も同時に失うことになり、孤立することによってメンタルヘルス不調になりやすい可能性が考えられます。これは、日本人男性が定年退職をきっかけに社会的に孤立しやすいという状況と似ていると言えるかもしれません6

いずれにせよ、男性においても女性においても、在宅勤務は上司や同僚から受けるサポートの量あるいは職場のメンバーとのつながりを減らすことは間違いありません。メンタルヘルス不調の未然防止のためにも、労働者からの希望に関わらず定期的に雑談や相談の機会を設けるなど、在宅勤務者が上司や同僚に相談しやすい職場風土づくり、孤立を防止するような体制づくりが求められると言えます。特に、一人暮らしの労働者や、家族と同居していても家庭内での役割が少ない労働者は孤独を感じやすい可能性があるため、注意しておくと良いかもしれません。

引用文献

  • 1.(独)労働政策研究・研修機構. 「新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査(JILPT第4回)」(一次集計)結果 [Internet]. 2021年4月30日;Available from: https://www.jil.go.jp/press/documents/20210430a.pdf
  • 2.(独)労働政策研究・研修機構. 「新型コロナウイルス感染拡大の仕事や生活への影響に関する調査 (JILPT第7回)」(一次集計)結果 [Internet]. 2022年5月18日;Available from: https://www.jil.go.jp/press/documents/20220518a.pdf
  • 3.Tsuno K, Tabuchi T. Risk factors for workplace bullying, severe psychological distress and suicidal ideation during the COVID-19 pandemic among the general working population in Japan: a large-scale cross-sectional study. BMJ Open 2022;12(11):e059860.
  • 4.Yang L, Holtz D, Jaffe S, et al. The effects of remote work on collaboration among information workers. Nat Hum Behav [Internet] 2021;Available from: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/34504299
  • 5.株式会社インテージリサーチ. 令和3年度仕事と生活の調和推進のための調査研究~仕事と子育て等の両立を阻害する慣行等調査~調査研究報告書 [Internet]. 2021年4月;Available from: https://wwwa.cao.go.jp/wlb/research.html
  • 6.村山洋史. 「つながり」と健康格差: なぜ夫と別れても妻は変わらず健康なのか. ポプラ社; 2018.

(2023年6月)

プロフィール

津野 香奈美(つの かなみ)
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授
人と場研究所 所長
産業カウンセラー、キャリア・コンサルタント
財団法人21世紀職業財団認定ハラスメント防止コンサルタント
専門は産業精神保健、社会疫学、行動医学。主な研究分野は職場のハラスメント、人間関係のストレス、上司のリーダーシップ・マネジメント、レジリエンス。

経歴

東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。
日本学術振興会特別研究員、和歌山県立医科大学医学部衛生学教室助教、厚生労働省「職場のパワーハラスメントに関する実態調査」検討会委員、米国ハーバード大学公衆衛生大学院客員研究員を経て現職。

東京大学大学院医学研究科精神保健学分野客員研究員、日本産業ストレス学会理事、日本行動医学会理事、労働時間日本学会理事。

著書(共著)

「産業保健心理学」(ナカニシヤ出版、2017)
「集団分析・職場環境改善版 産業医・産業保健スタッフのためのストレスチェック実務Q&A」(産業医学振興財団、2018)
「パワハラ上司を科学する」(ちくま新書、2023)*〔HRアワード2023・書籍部門 優秀賞〕

その他の記事

お電話でのお問い合わせ

03-5273-2300

平日受付時間 10:00-17:00

フォームからのお問い合わせ

お問い合わせ