アーカイブパワハラ対策義務化に向けて~厚労省パワハラ防止指針を受けて~

パワハラ対策義務化に向けて
~厚労省・パワーハラスメント防止の指針を受けて~

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2019年5月29日に女性活躍ハラスメント規制法が成立し、遅くとも2020年6月の施行に向けて、厚労省の労働政策審議会で「職場におけるパワーハラスメントに関して雇用管理上の措置等に関する指針」の検討を行っています。10月22日には確定ではないものの、その指針案が示されましたが、大筋では今までの議論との相違はないようです。問題発生時の対応は、セクシュアルハラスメントにおける事業主が講ずべき措置に準じて行っていれば問題はありませんが、セクハラも含めたハラスメント相談窓口の1本化が勧められています。
さらに、指針ではパワハラとは何かという判断をするにあたって、いくつかの例が示されていますが、その行為は悪質なものに限定されています。線引きを明確にしてほしいと言うご担当者や管理者にとっては、物足りないというご意見もあるかもしれません。しかし、本来明確な線引きなどできないのがこの問題の特色であり、そもそも文章で明確にすることに限界があります。例示した行為は限定的でありながらも、「パワハラ防止を事業主の責務として発生時の対応や教育をしっかり行ってください。」という予防的視点にたって出される指針の意義は大きいと思われます。
いずれにしても、既にパワハラ対策を積極的に進めている企業にとっては、最低ラインの大きな変更点はないと考えてよいでしょう。ただし法律ができたことで事業主の責務は問われますので、実効性のある運用をすることが求められてきます。

私たちにできること

私どもでは2001年にパワーハラスメントと言葉を創り、そのハラスメント防止の必要性を訴えてきました。
ハラスメント外部相談窓口ヒアリング代行アンケート調査などからその実態を把握し、その防止に積極的な企業の求めに応じて、さまざまな問題解決の仕組みや教育プログラムを開発してきました。このようなハラスメント対策の総合コンサルティングを通して、最先端のハラスメント問題に接している立場として今回の法律ができたことは、大変な前進だと考えています。
一方で、法律に対する過度な反応によって健全な企業活動を妨げることになってはならないと考えています。そこで、ハラスメント問題の改善を提唱してきたクオレ・シー・キューブとしては、まず基礎的なことを確認するために「パワハラ防止の指針説明会」を順次開催していきます。また、私どもでは予防のための取り組みとして指針に示された「コミュニケーション活性化・円滑化のための取り組み」「適切な業務目標の設定等の職場環境改善の取り組み」についても、従来よりさまざまな試みを行ってきました。これらの教育や施策をご紹介していくことで、「次なるハラスメント防止について」今後も積極的な提言をしてまいります。

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判断基準を超えたパワハラ対策が必要

パワーハラスメントとは「職場において行われる①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③その雇用する労働者の就業環境が害されること」と定義され、この3つの要件を満たしたものがパワハラになるとされています。また、身体的攻撃、精神的攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害と6つに類型化していることは、既に発表されている内容との違いはありません。
しかし、これらに当てはまらなければ大丈夫ということではありません。私どもが関わっている案件をみると、ほとんどの事例は業務の必要がある部下指導の際に発生しています。よって、パワハラの構成要素のみを対象とした対策だけでは、真にパワハラを防止していくことは出来ません。
また、たとえその行為自体がパワハラとは認定されなくても、安全配慮義務違反として企業の損害賠償責任を問われる事例*1もあります。何がパワハラで何がパワハラでないかという仕分けにとどまらず、なぜパワハラが起きるのか、何のためのパワハラ防止なのか本質的な議論をしていくことが望まれます。

パワハラ予防対策の具体策

指針では「パワーハラスメントの原因や背景となる要因を解消するために取り組み」をすることが望ましいとされています。これらは次なる対策を考えるにあたっての参考になることでしょう。

コミュニケーション活性化・円滑化のための取り組み

ここでは取り組み例として面談やミーティングなどで信頼関係を醸成すること。またマネジメント教育や感情のコントロール力の向上などが挙げられています。
最近では、明らかな暴言や過大な要求など積極的攻撃によるハラスメントよりも、見えにくい陰湿なハラスメントが増加しています。失敗した時に大声で怒られることも辛いかもしれませんが、それよりもじわっといつまでも責められることの方が心理的ダメージは大きいことでしょう。それはたまたまの行為が否定されたのではなく、存在そのものを否定されたと感じるからです。人権を侵害しない、人格を尊重しあうという意識をどう育てるかが重要なポイントではないでしょうか。そのためには自分自身を縛ってる信念や偏見から解放され、自らの内的多様性(インナーダイバシティ)を認めることが大切だと考えています。そうすることによって他者に抱く否定的感情から解放されるがことできるでしょう。
また、残念なことにパワハラを行ってはならないという禁止を訴える教育が浸透したがために、管理者が抑制的になっていることが多く、その結果言いたいことが言えずイライラが募ってパワハラへとつながっているケースも多くなっています。管理者が自信をもって役割を遂行するためにマネジメントの基本を学ぶことも必要です。また、怒りと思われていたものの根底に実は不安があったということがよくあります。ネガティブな感情を抑圧することなく適切に表現していくためにはまず、自分自身の気持ちと向き合う研修なども有効だと思われます。

適切な業務目標の設定等と職場環境改善

また、業務目標の見直しや職場環境改善も勧められています。私どもでは行為者と言われる方々の行動変容に携わっていますが、行為者にもそうせざるをえなかった理由があるのだということに気づかされます。コミュニケーションスキル不足という個人的な要因もありますが、職場全体の問題が行為者に集約されているのではないかと感じることがよくあります。その要因のひとつは過剰な目標設定です。達成不可能な目標を掲げて、結果を出したものだけを評価していれば、数字を上げない人の意見は聞かない、足手まとい扱いするというハラスメントが発生することは容易に想像できます。また失敗が許されない現場などではミスが発生すことはリーダーにとってはあってはならないことであり、その責任を取らされて自分自身の存在が危うくなるかもしれません。そのため必要以上に厳しい指導をし、それでもミスをする人がいればその人を排除したくなる心理が働くことでしょう。目標や戦略が果たして適切なのか、業務分担や進め方が葛藤を生み出してはいないか、メンバーが誇りや希望を持てる仕事や組織なのだろうか。
行為者を罰するばかりでなく、そうさせている組織の圧力、職場風土について見直してみる必要あります。

若手社員の教育

最近若手社員の相談から垣間見えるのは、「どこまで調べたらいいのか」「何が正しいかわからない」など、多くの情報や意見に翻弄され、「やりたいことが見つからない」「自分の意見がちゃんと言えているか不安」と、自分を見失っている様子です。不安を避けるために集めた情報のはずが、逆にそれによって知らない世界が多いことに気づいたり、正解や完璧を求めることで何が正しいのか分からなくなってきて、その結果自信を失い、更なる不安を生みだしてしまうという矛盾を抱えています。やがてその不安は自分だけでは処理できず、「上司がちゃんと指示してくれない」「認めてくれない」という不満につながっているように見えます。
そのような中で、自分なりにルールや領域を決め安心できる枠を作り、それを正しい方法として定めようとします。しかし、そのルールを守らない他者を見るとまた不安になるため、自分のやり方や価値観に合わない者を罰する、排除するという「同僚同士のハラスメント」に繋がっていると考えられます。
管理者ばかりでなく、今後は若手社員を心理的にタフにする教育が求められることでしょう。

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不安のマネジメントの必要性

私どもでは、ハラスメントが起きる背景として人々の不安があると考えています。今、世の中はVUCAの時代と言われています。VUCAとは変動・不確実性・複雑さ・曖昧さの混在する現代社会を表した言葉です。人々は、こうした先行き不透明な状況下でビジネスを展開しなければなりません。ある調査*2によれば、日本人は不確実性を回避する傾向が高く、また不安遺伝子も多い*3とされています。これから増々変化が激しくなる中で、私たちの不安もまた増大することが予想されます。ハラスメントの多くが不安から発しているとすれば、職場の不安を如何にマネジメントするか、また、一人一人が不安を受け入れ、変化への対応力を高めていくことが重要になってくることでしょう。
私どもでは、パワハラ防止のための意識変革には「経営にとっても個人にとってもVUCA対応力が不可欠であること、パワハラがそれを阻害していること」を理解してもらうことが大切だと考えています。パワハラの行為者の多くは自分(会社)が正しいというスタンスで相手と接することが多く、「~すべき」「~に決まっている」「普通~は」という言葉をよく使います。VUCAの時代では「決まっている」「普通」という考え方では変化にうまく対応できません。これまでの知識や経験をそのまま教える指導は意味を持たなくなっている可能性があります。そしてそこにはイノベーションは生まれないことでしょう。時には叱ることも必要かもしれませんが、叱ることだけで部下を育てようということ自体に無理があるということを理解し、意識変革を進めていく必要があると考えています。

ハラスメントフリー®な職場づくり

このような現実は、私たちハラスメント防止対策を推進する立場の者にも多くの示唆を与えてくれます。例えば、相談者の訴えを評価的に聞いていたり、周囲の人々へのヒアリングでは良し悪しの判断を求めていたり、行為者をいきなり犯人扱いしたりすることがあるかもしれません。私たち自身がルールで人を縛り、裁くことをやってはいないかどうか、振り返ってみる必要がありそうです。
また、管理者からも「これはパワハラにあたるかどうか?」という質問を多く受けますが、パワハラであるかどうか、何が正しいか、誰が正しいかを判断しようとすること自体が、お互いの関係性を損ない、職場をピリピリしたものにしている可能性があることを知っておきたいものです。変化の激しい時代にこれが正解ということはない、と再認識する必要があります。職場で起きている小さなハラスメントについては、パワハラの判断をすることより、状況を改善することに焦点をあわせた方がよいと思っています。不幸にしてハラスメントは起きてしまうかもしれませんが、小さなうちに解決できる職場の人間関係修復力を高めることが大切なのです。

ハラスメント防止対策の進め方

今、ハラスメント問題は多岐にわたっています。ストレスチェックや従業員の意識調査、働き方改革や女性活躍推進などのプロジェクトなどが混在し、対策も多様化しています。相談窓口の一本化は指針でも勧められていますが、運営だけでなくコンセプトも含めてこれらを一本化し、社員の混乱や負担感を減らしていくことが重要だと思われます。
例えば、新職業性ストレス簡易調査票には、個人のストレス反応だけでなく、仕事への意識や職場の状況についての質問があります。それらを活用して職場の現状を分析しハラスメントとの因果関係をつかむことで、それを予防することもできるでしょう。
何より効果的なのが、経営陣の理解を深めることでしょう。毎年実態調査の結果を経営陣に報告したり、各部門長に結果をフィードバックし改善案を議論したりしている企業もあります。大切なのは、調査の結果、社員一人一人に職場環境が変わったという実感を持ってもらうことです。調査の結果、何も変わらないとすれば会社への信頼が低下してしまうだけです。
また、これからますます必要になってくる対策として、パワハラをしてしまいそうな人の教育【実践ワークショップ】【相談担当者のスキルアップ教育】、職場の人間関係の修復プログラムや、子会社の実態把握などが挙がってきています。予防教育では、管理者の継続した教育【実践セミナー】、社員のみならず派遣社員やアルバイト社員への教育ツールの開発などが進められています。

パワハラ対策は新しいステージに入りました。予防対策にも問題対応にもこれさえやっておけば大丈夫という保証はありません。私どもは「不安のマネジメントとは不安に勝る夢を提供できるかどうか」ではないかと思っています。VUCAという時代で、私たちも常に変化する問題と向き合い、新たな解決策を模索しつづけてきたいと考えています。

2019年10月30日掲載

  • *1 ゆうちょ銀行(パワハラ自殺)事件・徳島地判平成30.7.9 労判1194号
  • *2 Geert Hofstedeの文化比較6?モデル
  • *3 Joan Y. _Chiao & Katherine D. Blizinsky, Culture -gene coevolution of individualism-collectivism and the sertoninn transporter gene, Proc. R. Soc.B, 10/28/09
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