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ハラスメント対策最前線ハラスメント関連の判例解説(11)
ハラスメントの防止には十分な説明が重要
ハラスメントを未然に防止する観点から必要なことを、実際の裁判例をもとに考察し、企業におけるハラスメント対策の一助となることを目的とする連載です。
裁判例を読み解き、どのような言動がハラスメントと扱われるのか、そして企業はどのように対応すべきであったのかなど、企業のハラスメント対策上の学びやヒントをご提示しています。ぜひ企業でのハラスメント予防にお役立てください。
※裁判所の判断の是非を問うたり、裁判所の見解に解釈を加えたりするものではありません。
※凡例 労判○号○頁:専門誌「労働判例」(産労総合研究所)の該当号・頁
これまでの「ハラスメント関連の判例解説」はこちらをご覧ください。
ハラスメント関連の判例解説new
今回の記事で参照した裁判例は、C生協病院・差戻審事件(広島高判平成27・11・17労判1127号5頁)です。
【テーマ】ハラスメントの防止には十分な説明,コミュニケーションが重要です!!
【1.概要】
今回は、マタハラ(マタニティ・ハラスメント)事件として本連載〔第8回マタハラの判断ポイントはどこにあるか〕で紹介した最高裁判決の差戻審について紹介します。
差戻審:最高裁と高裁には役割分担があり、最高裁は具体的な事実の有無について自ら判断を行うことができません。このため、ある事実の存否がわからないと法的な判断ができないという場合、事件を最高裁から高裁に差戻し、その事実について調べさせ結論を出させるというのが差戻審という制度です。
【2.事案の流れ】
基本的な流れは変わらないため、本連載〔第8回マタハラの判断ポイントはどこにあるか〕をご覧ください。
【3.差戻審の争点】
問題の中心は、理学療法士Xの妊娠に伴う軽易業務への転換(負担の軽い科への異動)を契機として、C病院を経営するY協同組合が行ったXの副主任の地位を免じる降格措置が、男女雇用機会均等法(均等法)に違反するかどうかです。
最高裁が示したルール(均等法の解釈)は、妊娠中の軽易業務への転換(労基法65条)を契機とする降格措置は、原則として均等法9条3項に違反し無効であるものの、例外として(1)本人が自由な意思に基づき降格を承諾している場合、(2)①降格を行う業務上の必要性、②軽易業務への転換及び降格によって受ける有利または不利な影響、以上①、②の内容や程度に照らして特段の事情がある場合は、均等法違反ではない、というものです。
差戻審(本判決)では、このルールに基づき、本件が「例外」にあたるかどうか、上記(1)(2)に関する具体的な事実について争われました。
【4.裁判所の判断】
上記3の(1)につき、Xは事後的に降格を承諾したものの、心から納得したものではないこと、育児休業から復帰する際の地位がどうなるかYが明確に説明したとは認められないことなどから、自由な意思に基づく承諾はなかったとされました。
上記3の(2)の①につき、一つの科に主任と副主任は併存させられないためXを降格したというYの主張について、業務上の必要性が十分に証明されていない、②につき、Xの負担軽減は降格ではなく負担の軽い科への異動が要因であること、Yが降格の手続や理由について説明したとは認められないことなどから、業務の軽減が降格の不利益を補うものであったとはいえないとされ、特段の事情はなかったとされました。
結論として最高裁が示した「例外」にあたらず、「原則」通り均等法違反であるとして、不法行為責任(民法709条)等が認められ、管理職手当等の減額分約45万円、慰謝料100万円、弁護士費用30万円の支払いがYに命じられました。
【5.本判決から学ぶべきこと】
本判決は、軽易業務への転換を契機とする降格につき最高裁が示したルールを実際にあてはめた例として、実務上参考にすべきものと思われます。特に、本人の自由な意思に基づく承諾とは、降格に関する説明があったことを前提に、本心から承諾したといえることが求められている点など、よく確認しておきましょう。
本件のように、説明(コミュニケーション)が十分ではなかったためにハラスメントの問題が生じた、というケースが実際にも多いと思われます。確かに、降格の通告はデリケートさが求められる仕事でしょうし、復帰後の業務やポジション等を明言することも実際には難しいでしょう。しかし、曖昧なまま(言わなくてもわかってくれるだろう、といった態度)では行き違いが生じ、後々、問題となるおそれがあります。本件のような事例では、負担軽減などのメリットが従業員側にもあるわけですから、メリットとデメリットの双方をきちんと説明し、納得を得るよう努めることが重要です。また、説明や面談の実施記録、従業員の承諾書など、証拠を残しておくことも必要でしょう。
2016年には育児介護休業法の改正が検討されており、「マタハラ」防止措置が企業に義務付けられる可能性もあります。マタハラには降格だけでなく様々なものが考えられるので、法改正の動きにも注意しながら、さらに理解を深めていくことが望まれます。
(2016年3月)
原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法
労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。
労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。
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