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ハラスメント・インサイト被害者が「黙らない」時代 思い込みが一つの要因 エスカレート前に対応を
被害者が「黙らない」時代 思い込みが一つの要因 エスカレート前に対応を
この記事は、労働新聞〔中小企業も実現できる!ハラスメントのない職場〕の連載を許可を得て全文掲載しております。
“古くて新しい”ハラスメント問題
職場のハラスメント問題については、改めて説明するまでもないほどさまざまな場面で語られている。しかし、被害の訴えは減少どころか年々増え続け、被害者の自殺や労災認定も一向に収まる気配がない。未だに誰が見聞きしてもNGである「お前なんか死ね」という暴言や、性犯罪レベルのセクハラ行為も後を絶たない状況だ。
昨年、トヨタ自動車の豊田章男社長が、パワハラによる自殺で労災認定を受けた男性の遺族に直接謝罪し、再発防止策の実施を約束した。報道によると、上司が新入社員に対して「こんな説明ができないなら死んだほうがいい」「学歴ロンダリングだからこんなことも分からないんや」などと日常的に罵倒したことで、被害者は休職ののち自殺してしまった。
セクハラ問題についても、三菱UFJ代行ビジネスで、20歳代の女性が50歳代の男性上司に再三食事に誘われたことなどが原因で精神障害を発症し、労災認定されている。こちらも報道によれば、被害者が上司から誕生日に自宅の最寄り駅までつきまとわれプレゼントを渡されたり、「禁煙できたらご褒美の食事に行きたい」「こんな気持ちは家内と出会ってから初めて」などと書かれたメールを再三受け取っていたとのことだ。
このような言動は、客観的に見れば誰もが「自分はこんなひどいことはしない」「昔はあったけれど、今は自社にこんなひどいことをする管理職はいないだろう」と感じるものだ。自分の職場でこのような問題が起こったら大変なことになることは誰もが知っているにもかかわらず、なぜなくならないのだろうか。
その原因の一つは、行為者の当事者意識が希薄であることだ。自分の普段の発言を「軽い冗談」とか「良いコミュニケーションだ」と思い込んでいたり、思うような成果が上がらない部下に対して「良かれと思って」あれこれ叱責や注意をしているなかに、重大な人権侵害が含まれていることに気づいていないケースがあまりにも多いのである。
もう一つの原因は、自分の言動がエスカレートして相手が甚大なダメージを受けていることに気付かないことだ。セクハラも「これくらいは許してくれるだろう」という思い込みや、自分の恋愛感情を抑えることができず、徐々に暴走するケースが多くみられる。パワハラも、最初は適切な注意だったものがだんだんエスカレートしていくうちに、怒りの感情が蓄積して抑えられなくなっていくのだ。
このように、ハラスメント問題は「こんなことは分かりきっている」と誰もが思うような「古い問題」でも、油断すると自分の身の回りにいつでも起こり得る「新しい問題」でもあるのだ。
被害者が世界変えた
これらの「行為者が無自覚のハラスメント」は長年見過ごされてきたが、2017年に大きな転機を迎えた。きっかけはSNSなどで世界中に巻き起こった「#MeToo」のムーブメントである。ハリウッドで著名な作品を数多く手がけた大物プロデューサー、ハーヴィー・ワインスタイン氏が、長年にわたり数々の性犯罪やセクハラ行為を行っていたことがSNSで拡散された。その結果、映画業界を追放されただけでなく、経営していた会社は破綻、本人はニューヨーク市警に逮捕され、20年3月には強姦罪で禁固23年を言い渡された。
その後、仕事への悪影響を恐れハラスメント被害について沈黙していた世界中の被害者が次々と名乗りを上げ、大物政治家から企業経営者、スポーツ指導者らの性犯罪が暴露された。その多くが事実認定され、行為者は失脚している。
昔に比べて男女平等が進み、ひどい差別がなくなったかのように見えていた世界が、幻想であったことが明らかになったことで、国連が動いた。19年に国際労働機関(ILO)は「仕事の世界における暴力及びハラスメントに関する条約・勧告」を総会で可決、21年6月に発効された。この条約は加盟国に「ハラスメント行為を禁止する法律」の制定を求めている。最初はたった1人の小さな告発が、SNSを通じて世界がつながる時代になったことで、大きなうねりを起こし、ついに世界の国々に法律制定を促すことにつながったのだ。
小さな声こそ大切に
ハラスメントとは、強いパワーを持つ側の人が持たない者に対して行う卑劣な人権侵害である。その被害者の声は、報復を恐れ沈黙することで、これまで埋没してきた。しかし、今は一人ひとりが世界に発信できる「もう黙らない時代」だ。
職場で起こるハラスメント行為は、手元にあるスマートフォンなどでいつでも録音、録画することができ、動かぬ証拠として保存される。目撃者がいなくても、声を上げ世界を変えることも可能となった。
しかし、深刻な人権侵害に発展する手前には、ハラスメント言動をやめるチャンスが必ずあったはずである。その段階で問題解決ができれば、被害者がメンタルヘルス不調を起こして退職したり、加害者が逮捕されたり、会社が裁判で訴えられることもない。
4月1日より、中小企業にもパワーハラスメント防止を義務付ける労働施策総合推進法が施行され、事業主はパワハラ問題を予防し、問題が起きた際に迅速に解決するための体制の整備を求められている。繰り返しになるが、ひどいハラスメント問題に発展する前に問題解決することが、最も重要である。つまり、職場の誰かが発している「何かおかしい」「会社に居づらい」「仕事に集中できない」といった小さな声に耳を傾け、会社風土を見直し柔軟に変化していくことが、ハラスメントの予防につながるのだ。
本連載ではこれから12回にわたり、そのヒントについてお伝えしていきたい。
労働新聞 第3347号 令和4年(2022年)4月4日
執筆:株式会社クオレ・シー・キューブ 取締役 稲尾 和泉
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