LGBTQからダイバーシティ&インクルージョンを考える第6回 LGBT理解増進法と職場の取り組み

第6回 LGBT理解増進法と職場の取り組み

LGBT理解増進法と職場の取り組み

2023年6月に「LGBT理解増進法」が施行されてから、間もなく1年になろうとしています。今回は、法律の趣旨や内容を改めて確認すると共に、法律に関することや、関連する取り組みに関して、企業の皆さまからよくいただくご質問にお答えしながら、LGBTQを含めた多様な人が安心して働くための職場づくりを考えていきます。

法律の概要

「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」、通称「LGBT理解増進法」は、2023年6月23日に公布・施行された法律です。法律の目的としては、性的指向及びジェンダーアイデンティティ(以降SOGIと表記します)の多様性に関する理解が不十分である現状をふまえて、基本理念を定め、基本計画等を策定することによって「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に寛容な社会の実現に資すること」が掲げられています。

企業(事業主)についても、情報の提供、研修の実施、普及啓発、就業環境に関する相談体制の整備等の必要な措置が、努力義務として明示されました。これだけを見ると「急にやるべきことが増えた、大変だ」と感じるかもしれませんが、実は、既に2020年に施行された改正パワハラ防止法において、性的指向や性自認に関するハラスメント、いわゆる「SOGIハラ」やアウティング(第三者に当人の許可なくセクシュアリティを暴露すること)がハラスメントにあたりうることが示され、方針の明確化や相談体制の整備を含めた、職場でのハラスメントへの適切な対応等が義務となっています。したがって、これまでパワハラ防止の文脈で推進してきた取り組みがある場合には、それらを継続することで、LGBT理解増進法の努力義務も同時に果たしている状況になると考えられます。

一方で、法律ができたことをきっかけとして、改めて社内の施策を見直したい、関心が高まる中で更に上のレベルを目指したい、とお考えの方もいらっしゃると思います。そんな方々から共通してお聞きするのが、「取り組みたい気持ちはあるものの、何から手をつければいいのか分からない」「今の施策の方向性があっているのか不安」というお声です。ここからは、職場での取り組みに際しての疑問・質問にお答えしていきます。

職場での取り組みに関するよくあるご質問

Q.社内での普及啓発を進めたいと考えていますが、LGBTQ当事者の中には「そっとしておいてほしい」「目立つことを避けたいので、研修などもしないでほしい」という意見の方もいると聞きました。当事者の方が困るなら、研修はしないほうがいいのでしょうか。

「研修をしないでほしい」というご意見の背景を想像していただくことが有効です。例えば、研修の後に「こんな研修があるということは、この部署にも当事者がいるのだろう」という噂が広まることや、LGBTQに関する話題が出ることで当事者探しのような状況が起きることへのご不安があるのかもしれません。その場合、「LGBTQ研修」ではなく、「ハラスメント対応研修」や「ダイバーシティマネジメント研修」という広い枠組みの中で、SOGIのテーマについても伝えたり、経営層がトップメッセージとして取り組みの重要性を発信したりすることが考えられます。全社研修の前に、まずは人事担当者で勉強会をして、その様子を社内報やイントラネットで発信する、といった手法も考えられます。「LGBTQ/SOGIに関する研修をしても、それが不安の種にならない職場風土の醸成」を、第一段階の目標と捉えてみるのはいかがでしょうか。

Q.取り組みを検討するにあたり、上層部から「まずは課題の把握が必要」と言われています。社内アンケートを取ろうと思っていますが、注意点はありますか?

課題の把握は重要なことである一方で、社内アンケートでは必ずしも実情が分かるわけではない、という前提を持っておくことも重要です。一定の匿名性があったとしても、部署や年齢等から回答者が推察できるという場合もあり、率直に回答することが望まぬカミングアウトにつながってしまうリスクがあると、実際の困りごとは伝えられないためです。社内の状況を見極めて、「アンケートを取っても表面的なことしか出てこない」と思われる場合には、「困りごとがあっても、それを言うことができていない、という点が課題なので、まずはその状況を変えることから」という計画を立てていただくのがよいと思います。

少し取り組みが進み、会社が真剣にこのテーマに向き合っているということが伝わってきたタイミングで、LGBTQの従業員と人事担当者に限定したクローズドな対話会を実施する、LGBTQ+Allyの従業員グループで意見を取りまとめて共有してもらう、等の方法で、生の声を施策に反映していく、という道筋も考えられます。

Q.入職予定者の中に、LGBTQではないかと思われる従業員がいます。環境整備をするためにも、カミングアウトをしてもらえたらと考えているのですが、本人に直接聞いてもいいでしょうか。

カミングアウトしたいかどうかは人によって異なり、周囲にセクシュアリティを伝えたくないと思っている人もいるため、自発的に話があるまでは無理に聞きださないことが推奨されます。SOGIに関する相談もできる窓口を伝える、個別相談ができる機会を設ける、具体的な困りごとが想定される場面(例えば、宿泊を伴う内定者研修等)では、「何か相談したい方はこの窓口にどうぞ」と全体に周知するなど、相談しやすい環境づくりをしていただくことが大切です。

また、「カミングアウトがあれば、個別対応を含め、環境整備が可能」という考え方は、場合によって、カミングアウトの強要を招くリスクがあります。カミングアウトしても大丈夫、と感じられる環境づくりと並行して、カミングアウトしなくても困りにくい環境整備を検討してみることをおすすめします。

Q.「相談体制の整備」とありますが、専属の担当者を配置したり、外部の専門窓口と連携したりすることができず、相談を受けることが難しい状況です。どうしたらいいでしょうか。

LGBTQやSOGIEに関する相談をどのように受け付けるかには、いくつかのパターンがあります。例えば、下記のようなものです。
① 社内に専用の相談窓口を設置する
② 社外の専門家等と連携する
③ 既存の社内外の相談窓口で、LGBTQ/SOGIEに関する相談も受けられるようにする
④ 各職場の管理職層が一次相談を受けられるようにする

このうち、①や②はハードルが高いという場合、③、④の方向で、社内の相談対応指針とフローを定める、相談対応をする可能性が高い層に向けたトレーニングを実施する、という方法が考えられます。管理職層に向けたハンドブックを作成したり、相談窓口担当者に向けたロールプレイング研修を行ったりしている事例があります。

Q.人事部の相談窓口担当者です。今回、窓口でLGBTQについての相談も受けられる旨を社内に再周知することになりました。しかし、専門家ではない自分が、「相談を受けられる」と言っていいものなのでしょうか。

重要なポイントとして、「LGBTQのことを完全に分かっている専門家」でなければ、相談を受けられない、ということはありません。SOGIEやLGBTQに関するある程度の基礎知識は持った上で、相談者の尊厳とプライバシーを守ること、傾聴すること、想像力をもって共に解決策を探ること、といった、相談対応に共通する事項を大切にして、目の前の相談者の方と向き合うことが大切です。「同性パートナーがいるならこれに困る」「トランスジェンダーならこう希望する」という正解が決まっているものではないため、「今、何に困っていて、どのような希望があるのか」をお話しいただくことから、全てが始まります。分かったふりをするよりも、「私の理解があっているかどうか確認したいので、お伺いしてもいいですか?」「社内制度については確実なお答えをしたいので、一度調べてからお返事します。」「勉強途中で、おしえていただくことも多いと思いますが、一緒に考えさせてください。」と伝えるほうが、信頼につながるということも多いものです。LGBTQに限らず、どのようなテーマでも、自分とっては毎回が「はじめて聴くご相談」であることを念頭に、謙虚な姿勢で臨むことが鍵になるのではないでしょうか。

また、担当者の対応可能範囲を超えるご相談が寄せられた場合に、リファーしたり協働したりできる連携資源を、予め知っておくことも大切です。相談者の了承を得て、社内のダイバーシティ推進室や健康管理室等と連携することもありえますし、外部の自助グループや相談窓口の情報を伝えることも考えられます。最近は、自治体が運営する相談窓口も増えており、本人のみではなく、周囲の人も相談できる場合が多くなっています。例えば、東京都内の事業場であれば、無償でLGBTQの専門家の派遣を受け、相談対応や社内啓発に関する伴走支援を受けられる仕組みがあります。(2024年5月現在)ぜひ各自治体での支援施策を調べてみてください。

今回は、LGBT理解増進法を切り口として、よくある疑問にお答えしました。全ての職場に、カミングアウトしていなくてもLGBTQ の従業員もいるかもしれない、という想像力をもった上で、身構え過ぎず、一人ひとりのSOGIが尊重される職場づくりを考えていきましょう。

(2024年5月)

プロフィール

中島 潤(なかじま じゅん)
認定特定非営利活動法人ReBit(リビット)所属。

経歴

東京外国語大学在学中に、ReBitにて研修やイベント企画等、多様な性に関する発信活動を開始。学部卒業後、トランスジェンダーであることを明かして民間企業に就職。営業職を経て、販売企画部門課長職として、予算管理や人材育成、組織体制の強化といったマネジメント業務に従事。その後、より深く「多様な性」をめぐる課題を研究すべく、大学院にて社会学を専攻、修士(社会学)。現在は、「LGBTQも含めた誰もが、自分らしく働くことを実現する」という目標のもと、企業・行政等への研修やコンサルテーション、就活生・就労者への支援を行う。

2020年より、LGBTの支援もできる国家資格キャリアコンサルタント養成プログラムnijippoのプログラム責任者をつとめ、コロナ禍ではオンラインキャリア相談などの支援事業を実施。

●監修:『「ふつう」ってなんだ?―LGBTについて知る本』(学研プラス)、『みんなで知りたいLGBTQ+』(文研出版)他

●メディア出演・掲載実績:ドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき~空と木の実の9年間~』、NHK WORLD、NHK ハートネットTV、TBSラジオ、朝日新聞他

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