LGBTQからダイバーシティ&インクルージョンを考える第8回 ダイバーシティ推進を文化として根づかせるために

第8回 ダイバーシティ推進を文化として根づかせるために

「ダイバーシティ推進は経営戦略の要」という言葉が聞かれるようになって久しいですが、社会状況の変化や一部からの懐疑的な声によって、「このまま推進を続けてよいだろうか」「他に取り組むべきことがあるのでは」と不安になるタイミングもあるかもしれません。
外部環境の変化に振り回されず、ダイバーシティを持続的に推進するために、今回は、「企業文化としてダイバーシティ推進を根づかせていくためには」という問いをもとに、特に「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)」について取り上げたいと思います。

ダイバーシティ推進を持続させるためのポイント

ダイバーシティ推進の持続性のためには、「企業文化として、当然行うべきこと」という姿勢を明確に示し、それぞれの構成員が「なぜ私の職場が、私たちが、このテーマに取り組むのか」を語れるようになることが重要です。そのための実践のポイントを見てみましょう。

  • ① 企業の経営理念の中に、ダイバーシティ推進や多様性尊重に関する価値観・考え方を明示する。
    ダイバーシティを一時的な施策や担当部門の目標にするのではなく、企業の価値観や文化として明示することで、継続的に推進できる土台をつくることができます。企業のミッションやバリューの中に、「多様性の尊重」や「個の活躍」を位置づけている場合、ダイバーシティ推進について話す際は必ずその原点に立ち戻る、という方法も考えられます。また、経営層やマネジメント層が、それぞれの言葉で「なぜ私たちにとってダイバーシティ推進が重要なのか」ということを語るという実践も、組織の方向性がぶれにくくなり、外部要因に左右されない安定的な推進が可能となります。
  • ② 「やらなければならないこと・義務」としてのみではなく、「取り組むとどんなメリットがあるのか」もあわせて伝える。
    例えば、「コンプライアンスのために、多様な従業員を排除しないように」という伝え方と、「多様な従業員が意思決定に参画できるようにすることで、よりイノベーションが生まれやすくなるというデータ*1があります」「経営層の多様性が収益性を向上させると言われています*2」という伝え方だと、後者のほうがよりモチベーションが持続しやすい理由付けになっているのではないでしょうか。
    このように、ダイバーシティ推進に関するデータも交えつつ、そのビジネスメリットを明示することにより、ダイバーシティ推進が高い成果を目指す上でも意義ある取り組みであることに納得して、取り組みが継続しやすい環境がつくれます。もちろん、「売り上げ向上のために、ダイバーシティを推進しよう!」というメッセージにならないように留意が必要ですが、メリットを適切に把握することは、「やらされ感」を防止する上でも有効です。

アンコンシャスバイアスに自覚的になるために

ダイバーシティ推進のメリットのひとつとして、意思決定の正確性が向上することが挙げられます。ハーバード・ビジネス・レビューの研究*3によると、多様性のあるチームでは、意思決定の正確性が87%向上することが分かっています。多様なメンバーがいることで、各人のバイアスが軽減され、より論理的・客観的な結論に至りやすくなることや、異なる視点を持つメンバーがいると、「思い込みに基づいた判断」を防ぐ効果があることなどが背景とされています。
裏を返せば、私たち個々人はそもそもバイアスを持っており、その前提で仕組み側を工夫しなければ、思い込みに基づいた意思決定をしてしまいがち、ということでもあります。次は、この「バイアス」について考えていきましょう。

アンコンシャスバイアスとは?

人は、無意識のうちに自分の過去の経験や、これまで培ってきた価値観に基づいて他者や物事を判断する傾向があり、意識されにくいそれらの偏りのことを、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)と呼びます。様々なダイバーシティテーマにおいて、ハードルとなりやすい場面や環境には、こうした無意識の偏見が影響していることも多くあります。

例えば、こんな言葉を想像してみてください。

  • 「最近、“LGBTQ”って言葉をあちこちで聞くようになったけど、うちの会社では見かけないよね。本当に10%もいるのかな?」(この職場にはLGBTQの人はいない、自社には関係ない、という思いこみ)
  • 「こちらのプロジェクトは泊まりでの出張もけっこう入るから、子育て中のママ社員は出張のないほうのチームにしておきましょう。」(子育て中の女性社員は、宿泊を伴う出張は難しいだろう、という思いこみ)
  • 「トランスジェンダーだったら、接客対応が少ないほうが安心できるだろうから、ホールじゃなくてキッチンメインにしよう。」(トランスジェンダーの人は接客の仕事を望んでいない、という思い込み) いずれも、悪気があるかどうかによらず、情報やイメージの偏りを背景とした、アンコンシャスバイアスに基づく発言と言えます。

アンコンシャスバイアスは「なくす」ことよりも「あると自覚し、気づく機会を増やし、影響が大きくならないように工夫すること」が有効と言われます。具体的には、下記のような実践が考えられます。

  • 自分自身のバイアスを認識する習慣を取り入れる(例:診断ツールの活用やチェックシート等を利用した振り返りを行う)参考)内閣府 令和3年度 性別による無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)に関する調査研究
  • 「無意識の偏見」が意思決定に影響しにくい仕組みを作る(例:採用や人事評価の際には、評価者を複数人にしたり、第三者チェックを入れたりする)
  • 制度や環境の前提にバイアスがあると気づいたら、変更を提案する(例:社内書式の性別欄をなくす、扶養家族情報は事務手続き担当者のみが閲覧可能とし上司には非開示とする)

また、アンコンシャスバイアスに基づく発言を受けたとき、その場の人たちがどう反応するかも文化づくりのために大切です。(課題に気づいた周囲の人ができる行動については、ぜひこちらのコラムも参考にしてください。第3回 ―個人で実践できること)

自分自身に影響が及ぶ言動に遭遇すると、「どう対応するべきか?」と戸惑うこともあるかもしれません。「それ、バイアスですよ」と言えればいい、というお声もあるかもしれませんが、直接指摘するのが難しい場面もありますし、毎回対応することが負担になってしまうこともあります。今回は、マイノリティ側にいる人や、アンコンシャスバイアスによって望まない取り扱いを受けている人たちが、どんな行動をとれる可能性があるのかについて考えてみます。

  • 事実を伝えることで気づきを促す
    例:「LGBTQの人って、職場にいるのかな?」という発言があった時
    「実は結構いますよ。でも、職場では、自分がLGBTQだと公表していない人も多いんですよね。職場で誰かにカミングアウトしている人は10%前後というデータもあるので、いても気づいていない、ということもあるのではないでしょうか。」
  • 「決めつけないでほしい」という希望をI(アイ)メッセージで伝える
    例:「子育て中の女性は宿泊を伴う出張は難しい」という発言があった時
    「私の場合は、出張の有無よりも、自身の専門性が必要とされているかどうかで配属を決めてもらえたほうが嬉しいです。子育て中かどうかや性別によらず、人によって事情は様々なので、まずは各チームの特徴を伝えた上で、希望を聞くという方法はどうでしょうか?」
  • 自分だけの課題とせずに、職場全体の課題として伝える
    例:「トランスジェンダーの人は~」といった、情報の偏りに基づく発言があった時
    「先日、こんな発言が出て、トランスジェンダーや性の多様性についてはまだ情報が不足しているのかも、と感じました。私も、自分の希望は積極的に伝えていこうと思うのですが、並行して社内全体で、“決めつけない”を実践するためのワークショップなどを考えてみるのはどうでしょうか。」
  • 自身の状況にあわせて、どこまで反応するかしないか選択する
    アンコンシャスバイアスに気づいてもらう働きかけには、気力と体力が必要です。指摘するかどうか、対話するかどうかは、自分自身でその時の状況に応じて選ぶことができる、と知っておくことで、消耗や過度なストレスを避けることができます。

ダイバーシティの推進は、一部の人のためだけのものではなく、「すべての社員が働きやすい環境を作る基盤」であり、全員がその実践者です。推進の継続が難しく感じられるときこそ、単なる一過性の取り組みにとどめず、企業文化として根付かせるために何ができるのかを再考する契機と捉えてみてはいかがでしょうか。一人ひとりの意識と行動の積み重ねが、職場の文化を形成し、ひいては社会全体の在り方をも形作っていくはずです。

(2025年3月)

プロフィール

中島 潤(なかじま じゅん)
認定特定非営利活動法人ReBit(リビット)所属。

経歴

東京外国語大学在学中に、ReBitにて研修やイベント企画等、多様な性に関する発信活動を開始。学部卒業後、トランスジェンダーであることを明かして民間企業に就職。営業職を経て、販売企画部門課長職として、予算管理や人材育成、組織体制の強化といったマネジメント業務に従事。その後、より深く「多様な性」をめぐる課題を研究すべく、大学院にて社会学を専攻、修士(社会学)。現在は、「LGBTQも含めた誰もが、自分らしく働くことを実現する」という目標のもと、企業・行政等への研修やコンサルテーション、就活生・就労者への支援を行う。

2020年より、LGBTの支援もできる国家資格キャリアコンサルタント養成プログラムnijippoのプログラム責任者をつとめ、コロナ禍ではオンラインキャリア相談などの支援事業を実施。

●監修:『「ふつう」ってなんだ?―LGBTについて知る本』(学研プラス)、『みんなで知りたいLGBTQ+』(文研出版)他

●メディア出演・掲載実績:ドキュメンタリー映画『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき~空と木の実の9年間~』、NHK WORLD、NHK ハートネットTV、TBSラジオ、朝日新聞他

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