今回の記事で参照した判例は、電子部品メーカーI社事件(最一小判平成30・2・15労判1181号5頁)です。
【テーマ】親会社は,子会社の従業員からの相談を受ける義務があるのでしょうか?
1.概要
今回は,過去に交際していた男女間のセクハラの事例です。また,グループ会社の親会社が相談窓口を設置しており,親会社がどこまで責任を負うかも問題となりました。
2.事案の流れ
Y1社はY2社,Y3社などの多くの子会社とグループ会社を構成しており,グループ全体のコンプライアンス体制を整備する一環として,グループ会社の従業員が相談できるコンプライアンス相談窓口をY1社に設け,実際に相談対応などを行っていました。
X(女性)はY2社の契約社員,Y4(男性)はY3社の管理職で,Y1社の同じ事業場で働いており,肉体関係を伴う交際をしていました。その後,両者は疎遠となり,XはY4に交際の解消を求めますが,Y4は諦めきれず,下記3①のような行為を行います。 XはY2社の上司に相談しますが具体的な対応はなされず,体調も崩し,Y2社を退職しました。退職後もY4は下記3②のような行為を行っており,Xからその話を聞いたY2社のA(Xの元同僚)は,コンプライアンス相談窓口にXとY4について事実確認等の対応をしてほしいと申し出ます。Y1社はY2社,Y3社に依頼してY4らに聞き取り調査を行いますが,Xには聞き取りをすることのないまま,そのような事実は確認できなかったとAに回答しました。
Xはセクハラによって精神的苦痛を受けたとして,Y1社~Y4に対し慰謝料など330万円の損害賠償を求めました。地裁は,XとY4が親密な交際関係にあったことは明らかであるとしてセクハラを否定し,Xの請求を否定しました(岐阜地大垣支判平成27・8・18労判1157号74頁)。高裁は,Y4がXとの終わった関係を復活させようと働きかけ,Xは仕事の上下関係などからそれに耐えていたに過ぎないとして,セクハラを肯定し,Y4の不法行為責任(民法709条),Y4を雇用していたY3社の使用者責任(民法715条)を認め,Y2社については就業環境に関する従業員からの相談に適切に対応すべき義務を怠ったとして,債務不履行責任(民法415条)を認めます。さらに,Y1社は相談窓口を含むコンプライアンス体制を整備したことから,グループの従業員に対して自社または各グループ会社を通して相応の措置を講ずべき信義則上の義務(民法1条2項)を負っており,この義務の不履行が認められるとして,Y1社~Y4に連帯して220万円の支払いを命じました(名古屋高判平成28・7・20労判1157号63頁)。Y1社らが上告したのが本件です。
3.ハラスメント行為
①Xの在職中,Y4が職場でXに自己との交際を求める発言を繰り返したこと,自宅に押し掛けるなどしたこと,②Xの退職後,Xの自宅付近にY4が自己の車を数回停車させたことが,セクハラとして認められました。
4.裁判所の判断
まず,Y2社,Y3社,Y4の上告は最高裁に受理されなかったため,Y2社~Y4については高裁の判決,つまり,セクハラの存在とそれに伴う賠償責任を負うことが確定しました。
最高裁ではY1社の責任のみが判断されることになりましたが,Y1社がXに対し使用者のように直接指揮監督をする関係にないことや,コンプライアンス体制の内容からすると,相談に対応すべきY2社の義務をY1社が履行する立場にあったとはいえないとして,Y1社が信義則上の義務(上記2)に違反したことを否定しました。その上で,コンプライアンス相談窓口に対する相談の具体的な内容によっては,Y1社が(上記2とはまた別の)適切に対応すべき信義則上の義務を負う場合があると述べましたが,X本人が窓口へ申し出たわけではないことなども考慮し,Y1社はその義務にも違反していないと判断し,結論としてY1社の賠償責任を否定しました。
5.本判決から学ぶべきこと
まず,過去に交際していた男女間のセクハラが問題となった点が注目されます。このようなケースでは事実の認定が非常に難しく,地裁と高裁で結論が180度異なるのも事実認定の違いが大きな理由です。社内で対応する際も,「過去に付き合っていた」という先入観にとらわれず,冷静に調査を進めることが重要ですね。なお,Y2社~Y4が責任を負うのは当然であり,上告を受理しなかった最高裁の対応は妥当といえるでしょう。
次に,セクハラについてグループ会社の親会社の対応義務が問題となった点も注目に値します(このような問題に関する初めての判例です)。一般論としては,子会社では十分な対応が難しいという場合に,親会社が中心となってグループ全体でハラスメント防止を進めることは望ましい方向であると考えられます。その点,本判決によれば,グループ全体を対象とする相談窓口を設置したからといって,どんな案件にも親会社が対応しなければならない,というわけではありません。つまり,親会社にむやみに法的リスクが生じるわけではないのです。ただ,上記4でも見たように,どんな場合でも親会社が責任を負わない,とまでは言えません。事案に合った柔軟な対応を可能としつつも,どの会社がどのように対応するのか,枠組みをある程度明確にしておくことが望ましいといえるでしょう。
(2018年11月)
原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法
労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。
労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。