今回の記事で参照した裁判例は、J社事件(東京高判令和元・11・28労判1215号5頁)です。
【テーマ】記者会見を開くことと、そこで虚偽を述べることは別の問題です。
1.概要
今回は、育児休業のトラブルをきっかけに行われた雇止めが、労働者が記者会見で事実と異なる事柄を述べたことなどを理由として、適法とされた事件を紹介します。
2.事案の流れ
Y社の語学スクールに勤務していたXは、産休及び育児休業からの復帰の際、Y社から正社員、時短勤務の正社員、1年更新の契約社員、以上3つの形態があると説明され、保育園が見つからなかったことなどからいったんは退職の意思を表明したものの、最終的には週3日勤務の契約社員として復帰することとし、その旨の雇用契約書に署名しました。
その後、正社員への復帰を望むXと、それを拒否するY社の関係は悪化し、Xは社内で録音を行ったり、会社のメールを私的に用いたりしました。そのため、Y社はXとの雇用契約の更新を拒否する「雇止め」を行い、Xとの雇用関係を終了させました。
Xは、契約社員への変更も雇止めも許されないとして、正社員としての地位の確認や損害賠償を求める訴訟を提起するとともに、記者会見を行い、Y社の実名や雇止めの事実を公表し、下記3のようにマタハラを受けた旨の発言をしました。これに対し、Y社は記者会見におけるXの虚偽の発言で信用が傷付けられたとして、Xが起こした訴訟の中で、Xに対し損害賠償を求めました(「反訴」という仕組みです)。地裁(東京地判平成30・9・11労判1195号28頁)では契約社員への変更は有効、雇止めは違法とされ、X、Y社ともに控訴したのが本件です。
3.ハラスメントとして主張された内容
Xは記者会見において、Y社から「(育休終了時に)契約社員になるか自主退職するかを迫られた」、「子を産んで戻ってきたら、人格を否定された」などと発言しました。
4.裁判所の判断
まず、契約社員への変更は、Y社の説明や育休終了時のXの状況などから、「Xの自由な意思に基づいてしたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」として、男女雇用機会均等法9条3項や育児介護休業法10条が禁止する「不利益な取扱い」に当たらず、有効であるとしました。
次に、雇止めについては、記者会見におけるXの上記3の発言は、Y社がマタハラ企業であるとの印象を与えようとした、事実と異なる発言であるとし、録音行為やメールの私用といった事情も含め、XはY社との信頼関係を破壊する行為に終始しているなどとして、適法である(XとY社の雇用関係は終了した)と結論付けました。
なお、上記3の発言はY社の社会的評価を低下させる不法行為(民法709条)に当たるとして、XはY社に対し約55万円の賠償責任を負うとしたほか、Y社にも、Y社代表者がX宛のメールを勝手に読むなどプライバシーを侵害する不法行為があったとして、Xに対し約5万5千円の賠償責任があるとしました。
5.本判決から学ぶべきこと
まず、育児休業からの復帰の際、雇用形態の変更の「強制」は許されないことをよく確認しておきましょう。もちろん労働者との「合意」があれば可能ですが、使用者に半ば無理矢理に書類にサインさせられたのでは「合意」とはいえません(本連載の〔第22回出産に伴う雇用形態の転換→強制は許されません〕も参照)。この点、本件は労働者の「自由な意思」に基づくか否かという判断枠組みを用いました。これは最高裁の判例(本連載〔第8回マタハラの判断ポイントはどこにあるか〕、〔第11回ハラスメントの防止には十分な説明が重要〕)と同じ枠組みを採用したものです。自由な意思に基づくといえるためには、使用者が労働者に対し丁寧に説明し、理解を求めることが特に重要となります。
次に、職場での録音行為、メールの私用、記者会見などを理由に、信頼関係が破壊されたとして雇止めが適法とされましたが、これはあくまでXの一連の行動を総合的に評価した結果であり、録音行為や記者会見そのものが単独で違法とされたわけではない点に注意してください。録音はハラスメントの存在を証明する重要な「証拠」となりえます。例えば無断で録音したものであっても、裁判の証拠としては基本的に認められます(ただし、ネットに流出させたりすれば、その流出の責任等は別途発生しうるでしょう)。考えてみれば、パワハラ発言をしている相手に「今から録音します」と言った瞬間、その発言をパッとやめるでしょうから、無断の録音が証拠にならないとするとパワハラの証明はきわめて困難になります。また、記者会見も、今回はあえて真実ではないことを述べた点が雇止めを肯定する大きな要因となりましたが、真実を述べるのであれば、記者会見自体が直ちに何らかの責任に結び付くわけではありません。録音行為等を理由に社員を処分することが直ちに正当化されるわけではありませんので、誤解のないようにしてください。
なお、本判決後、Xは最高裁で争うことを望みますが、最高裁はXの上告を受理しない等の決定を行い(最三小決令和2・12・8判例集未登載)、本判決が訴訟の結論として確定しました(最高裁で扱える事件数には限界があることなどから、高裁の結論を変える必要がなく、最高裁として審理する必要がないと判断した場合、上告を受理しない仕組みになっています〔「上告不受理」制度〕)。
(2021年4月)
原 昌登(はら まさと)
成蹊大学 法学部 教授
1999年 東北大学法学部卒業
専門分野 労働法
労働法の分かりやすい入門書(単著)として、『ゼロから学ぶ労働法』(経営書院、2022年)、『コンパクト労働法(第2版)』(新世社、2020年)。ほか、共著書として、水町勇一郎・緒方桂子編『事例演習労働法(第3版補訂版)』(有斐閣、2019年)など多数。
労働政策審議会(職業安定分科会労働力需給制度部会)委員、中央労働委員会地方調整委員、司法試験考査委員等。
ほか、厚生労働省「職場のパワーハラスメント防止対策についての検討会」委員(2017~2018年)等も歴任。