ハラスメント対策最前線コロナパンデミック・DX時代の雇用と法律問題(8)

AIの進化と職場への影響

QAIはどこまで進化するのでしょうか(AIが台頭しても人間は大丈夫)?AIの進化で人間が支配、管理されそうな勢いを感じていますが、大丈夫なのでしょうか?
A結論から言うと、AIは私達の仕事を奪うのではなく、「補完」すると言われています(ILOの報告書より)。

1.生成AIの衝撃 ~ 私達の仕事はなくなる?

2020年11月、チャットGPTという対話型AIが公開され、あたかも人間が対話しているかのような対応と文章構成力の高さは、人々に強い「衝撃」を与え、爆発的な話題となりました。チャットGPTに代表される生成AI技術は、単に人間と自然に会話ができるだけでなく、これまでの人間が行ってきた知的労働の一切を「代替」できるので、人間の労働や生活に大きな影響を与えることになりました(「その5」参照)。

生成AIは、膨大に学習したデータを再構成して容易にさまざまな文書を作成し、あたかも「オリジナル」のような画像、音楽、動画も作成できます。出力される内容が正確とは限らないといった弱点を抱えているものの、今後様々な場面で活用されていくことになるでしょう。
例えば採用によるAIでの書類選考をみてみましょう。採用は、書類選考 → 面接 → 採否の決定というプロセスをとり、最初の書類選考の段階では、人事担当者が書類をみて、候補者が有望か否かを判断し、面接に移ることになりますが、最近の研究では、人が審査するよりも、高い確率で、高い評価を得られる候補者を、AIが選択できることが分かってきています。要するに、面接や最終的な採否の決定は人間が行うものの、その前段階で最終的に採用されそうな候補者をリストアップする作業に関しては、AIが人間よりも高い能力を発揮するというのです(この点については、特にジェンダー不平等の固定化につながる可能性など、さまざまな問題点が指摘されていますが、その点は次回に書くことにします)。

2.生成AIは職業を「補強」する?

昨年8月、ILO(国際労働機関)は「生成AIと職業」という報告書を発表しました。それによると、AIが人間に与える影響で最も大きいのは、広範な職業に付随する事務作業であり、事務作業の24%が大きな影響を、58%が中レベルの影響を受けることになると指摘されています(要するに大半の作業が影響を受ける)。その結果、AIの人間に与える影響は、職務を完全に自動化することではなく、仕事を補助すること、即ち、職種内の一部の仕事を自動化することで、人間は他の仕事に時間を割けるようになると指摘しています。特に職務職での事務作業の比率が高い高中所得国で影響がより大きくなり、また男女別では事務作業の多い女性に与える影響が男性の倍以上になるとも指摘しています。
他方アメリカの金融会社ゴールドマン・サックスは3月に「生成AIが経済成立に大きな影響をもたらす可能性」という報告書の中で、「米国の雇用のうち、AIにとって代わられるのは7%、補完されるのが63%、残りの30%は影響を受けない」としつつ、現在の労働人口の60%は、1940年には存在しなかった職業に就いているとして、新しい職業出現の可能性を指摘しています。

3.職場でのコミュニケーションの重要性

ILO報告書はまた過去に発生したAIの影響にふれ、例えば2010年から2016年迄のオランダで、AI活用の結果、余剰人員となった労働者を中心に5年間に亘って年間1人当たり9%ずつ、約半分にまで賃金が減少したことを指摘し、これらの不利益を緩和するためにも、雇用保険、職業調査等の制度設計が急がれ、特に技術的理由に基づく解雇については、ILO158号条約(雇用保障条約)に基づき、十分な解雇協議が必要であることを強調しています。それと共に仕事の質の変化、即ち、従業員に対するアルゴリズム管理が進み、自分の仕事を各自で整理したりペースを設定することができなくなる懸念があり、今後このようにいわば労働の質の変化に対する労働者個々人の自律性確保に向けた取組み、要は職場におけるコミュニケーションが、ますます重要になってくると思われます。

(2024年7月)

プロフィール

水谷 英夫(みずたに ひでお)
弁護士 (仙台弁護士会所属)
1973年 東北大学法学部卒業

著書

「コロナ危機でみえた 雇用の法律問題Q&A」(日本加除出版、2021年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策(第5版)」(民事法研究会、2020年)
「第4版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス パワハラ防止法とハラスメント防止義務/事業主における措置・対処法と職場復帰まで」(日本加除出版、2020年)
「第3版 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス マタハラ・SOGIハラ・LGBT/雇用上の責任と防止措置義務・被害対応と対処法」(日本加除出版、2018年)
「AI時代の雇用・労働と法律実務Q&A」(日本加除出版、2018年)
「改訂 予防・解決 職場のパワハラ セクハラ メンタルヘルス」(日本加除出版、2016年)
「QA 労働・家族・ケアと法-真のWLBの実現のために-」(信山社、2016年)
「職場のいじめ・パワハラと法対策」(第4版)(民事法研究会、2014年)
「感情労働とは何か」(信山社、2013年)

その他の記事

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