グローバル企業で「生きたMBAトレーニング」
岡田:
村松さんは、グローバル企業で経理、役員秘書、広報などさまざまな経験をされ、そのことによって視座が高くなって会社を多面的に見ることができた。これは女性活躍推進の一つのヒントになりますね。
村松邦子(以下、村松氏):
そうですね。例えば、経理を経験したことは、本当によかったと思っています。私は英文科出身で、全く経理の知識がなく数字が苦手でした。でも、経営を考える上でファイナンスのリテラシーは必須です。そのときに学んだ管理会計のベースがあるからこそ、CSRやガバナンス向上に関わる仕事ができています。
どんな業務でも、「自分の仕事は組織の中でどのような位置づけなのか?」、「社会とはどのようにつながっているのか?」など、一段高い視座で考えていくと、その仕事の本質が理解できると思います。
そうした意味では、役員秘書の経験も本当に勉強になりました。それこそ「生きたMBAトレーニング」として、グローバル企業の経営戦略やマネジメントスタイルを間近で学ぶことができましたから。
私がとても幸運だったのは、当時のボス(アメリカ人の副社長)が、「私たちは一つのチームなので、あなたは私の代理ができるように仕事をしてほしい」と多くの機会をくださったことです。会議への同席やメールの処理、渉外関係など、ある意味、副社長の仕事を全て共有してもらい、経営の視点や判断軸などを身につけることができました。
岡田:
パートナーとして尊重されたからこそ、それに応えようとされたわけですね。さてそんな環境にいながら、独立された動機は何だったのですか。
個と組織が共に成長するシステム・マネジメントを
村松氏:
私は企業で働く中で、「どうしたら一人ひとりが自分らしく健康で働き続けることができるのか?」「どうしたら持続的成長可能な組織ができるのか?」という問題意識を持っていました。個人に働きかけることも大事ですが、様々な課題をシステム・マネジメントとして捉え、組織に働きかけることで、個人と組織が共に成長できるのではないかと考えたんです。
岡田:
社会人大学院(筑波大学大学院)などで学ばれたことも役に立っていますか。
村松氏:
はい。実務経験はとても大事ですが、その経験を体系立った専門知識とするためには、やはり学術的な学びが役立ちました。体系立てて知識を整理し直すことで、今の自分に足りないこともわかり、より深く問題を検討できるよう実践研究を続けてきました。
また、経営倫理やガバナンス、人材組織開発、行動科学など複数の分野を学んで良かったと思うのは、自分の視野を広げることができ、なおかつそれらを横につなげていくことで解決策が見えてきたことです。ある一分野の専門知識だけでは、今の社会の変化には対応できませんから。
だからこそ、組織としても、いろいろな専門分野を持っている人や異なる視点を持っている人を積極的に迎え入れて、多様な視点で問題解決をしていくことが重要なのです。
女性社外取締役に期待される役割とは
岡田:
村松さんはJリーグの理事のほか、数社で社外取締役を務めていらっしゃいますね。今女性がまさに期待されているところにいると思うのですが、そこで期待されている役割などをどうお考えですか。
村松氏:
健全な経営においては、意思決定のプロセスに多様な視点を取り入れることが大事ですから、私はそこを期待されたと思っています。
どんな会社でも、皆さん一生懸命に組織のために全力を賭けてやっていらっしゃるわけですが、同質の人たちだけで考えているとどうしても見えない部分が出てきます。よく言われるように「会社の常識は世間の非常識」になっていることもありますし、その反対に、自分たちの素晴らしさや価値に気づいていないこともたくさんあります。
岡田:
自分たちには見えない部分にリスクもチャンスもあるわけですね。
村松氏:
自分たちが見えるものには限りがありますが、立場、経験、価値観など、いろいろな人がいると見える部分が広がり、死角が減少します。リスクマネジメントやガバナンスには、多様性、多様な視点が必須なのです。
例えば、新入社員や他社から移ってきた方、派遣社員、委託先の方々のほうが、社内の問題がよく見えます。企業不祥事や事故を防ぐためにも、「それちょっとおかしくないですか?」という意見を吸い上げる仕組みや、一人ひとりの声を聞く姿勢がないといけないんですね。
経営ビジョンあってのダイバーシティ
岡田:
でもその分野には疎い社外取締役の声は反発されませんか。
村松氏:
社外取締役が役割を果たせるかどうかは経営陣の姿勢や組織のあり方によって変わるでしょうね。幸い、Jリーグも他の数社も、外の声を経営に活かそうと積極的に意見を聞いて下さいます。
岡田:
自分たちに明確なビジョンがあるから、それを達成するために「周り(ステークホルダー)の意見も聞こう」となるのでしょうね。まさに村松さんが日頃からおっしゃっている「経営ビジョンあってのダイバーシティ」ですね。
村松氏:
おっしゃるとおりです。ダイバーシティ推進で大事なのは、自分たちが何を目指してどのように進んでいこうとしているのかが明確になっていることです。
また、重要なステークホルダーである従業員とは、ビジョンや価値観を共有し、対話を続けていくことが大切です。
岡田:
違う意見を聞く力とか、お互いの違いを受容する力は、日本人全体に必要なことかもしれませんね。
村松氏:
そうですね、グローバル化が進んだ多文化共生の時代には、違いを活かしあう、多様性を受容するといった力は、本当に大事になると思いますね。
例えば、20年以上前からダイバーシティ・マネジメントに取り組んでいるアメリカの場合は、子供の頃から言葉も文化も違う人たちがいる環境で育ってきて、「多様性があること」が当たり前です。しかし、日本の場合は、頭ではわかっていても実感がない。あるいは意識していません。お互いは違うんだという前提が忘れられがちで、「私たちは同質だからわかっているよね?」というあいまいなコミュニケーションだけで来てしまったのを見直さなければいけないと思いますね。
岡田:
日本の場合、ダイバーシティというと、「みんなが好き勝手なことをするようになって組織の統率が取れないのでは?」といった声をよく聞きます。
村松氏:
企業でのダイバーシティを考えた時には、企業が社員に対して目標やビジョンを明確に示すことが第一だと思います。
そこが共有できていたら、「社員同士がバラバラで困る」とか、「社員が勝手なことする」ということは基本的にあり得ません。
そして一人ひとりがそれぞれの仕事のプロフェッショナルとして組織に貢献すること。そのあたりは、チームスポーツに喩えるとよくわかりますよね。
岡田:
一般的にダイバーシティというと、最近は単に「いろいろな属性の人を集めましょう」みたいな風潮になっているようにも感じます。
一人ひとりの多様性適応力を高める
村松氏:
『自分で決める、自分で選ぶ』で岡田さんが「インナーダイバーシティ®」とおっしゃっているように、私はこれからの日本企業が取り組まなければいけないのは、一人ひとりの中の「多様性適応力」を高めていくことだと思っています。
お互いの違いを受け入れる力や、自分の考えをきちんと伝える力を身に付けて、一人ひとりが自立・自律すること。そして、組織として各人の専門能力や特性を活かす仕組みづくりをすることで、かけ声だけではなくきちんと日常業務の中で実践していくことができるようになります。一人ひとりの能力を活かし、チームで相乗効果を出して目標を達成し、社会の役に立っていく――。そう考えてみると、企業の課題というのは、すべてがつながっているんです。
例えば、ダイバーシティ、ハラスメント、女性活躍、CSR(企業の社会的責任)などは統合的に考え、対応していくべき。しかし、一般的には別の部署で、違うものとして扱われている面がありますよね。
また、ダイバーシティ推進では、「how?」つまり、「どう進めるか?」ということに目が行きがちですが、「why?」、つまり「なぜ私たちはこれに取り組むのか?」からスタートしないとなかなか上手くいきません。
岡田:
そうですね。ダイバーシティを経営の根幹としてどう取り込んでいくか。トップ自らwhyを考え続け、自らのインナーダイバーシティ®も開発していくことが重要なのでしょうね。―最後にダイバーシティを推進していく方々に何か一言。
村松氏:
経営トップをはじめとする従業員一人ひとりが、他人事ではなく、自分事として真剣に考え抜いていく必要があると思いますね。
岡田:
今回は貴重なお話をありがとうございました。
(2016年9月)
村松 邦子
株式会社ウェルネス・システム研究所 代表取締役
グローバル企業で広報部長(経営戦略チーム)、企業倫理室長、ダイバーシティ推進責任者などを歴任後、独立起業。講演、執筆、アドバイザリー等の活動を通じて、健全な組織づくり(CSR、経営倫理、ダイバーシティ)とセルフマネジメント(心身の健康とキャリアデザイン)の支援・普及に取り組む。2014年、日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)理事に就任。「スポーツで、もっと、幸せな国へ。(Jリーグ百年構想)」をテーマに活動の幅を広げている。
上場企業社外取締役、経営倫理実践研究センター主任研究員、日本経営倫理士協会理事、白百合女子大学非常勤講師も務める。
筑波大学大学院修了(保健学修士)。経営倫理士。